あと二回

 

・女子大の娘らの可愛く見えにけり

埼玉県新座市にある
十文字大学女子大学での講義も
のこすところあと二回になりました。
学長じきじきの依頼だったこともあり、
これも一つのご縁と、
ありがたく謹んでお引き受けしましたが、
始まってみると、
もちろん勉強になるし、
やりがいもあるのですが、
事前準備がけっこう大変でした。
詩人、写真家、絵本作家、映画監督、漫画家、書店員など、
ゲストを招いての対談形式の回もあり、
仕事を引き受けたときは、
ことばは悪いですが、
ここでいささか手を抜けるな、
なんて不届き千万なことを
思わないではなかった。
いやはや
とんでもないことでした。
少なくとも、
わたし独りで講義をするときの
三倍は労力を費やします。
うまくいっているかはひとまず措いても、
ゲストの方のどこに何に光をあて
どんな話をしていただき、
学生たちにぶつけるか。
そこで
新たな出会いが起こるようにしなければなりません。
そのためには、
ゲストの方の持ち味をわたしが
多少なりとも知っていなければならない。
個人的にいくら存じ上げていても、
講義でその方の持ち味が
目に見える形で現れるためには、
それなりの演出が必要になります。
事前の打ち合わせのため、
各所に足を運びました。
ゲストの方の著作、
また関係の書籍をこの間、
何十冊も読みました。
そのことがまたとても勉強になりありがたかった。
ということで、
結局、
大変だったけれども、
疲れて
火曜日の横須賀線の車中は
ぼろ雑巾のようになり、
口があわあわとなりもするけれども、
面白さ、
やりがいの大きさもまた
格別なものがあるのでした。
あと二回、
こころおきなく、
フルスロットルで臨もうと思います。

・洟垂らし五十過ぎたら師と称ばる  野衾

光るバッヂ保土ヶ谷篇

 

・虫たちがささやき交す昆虫記

暑くてだるくてじめっとして
やれやれと思いながら
保土ヶ谷駅改札を通ったときのことです。
駅通路左手の窓の下、
即売コーナーになにやら光るものを発見。
ん!?
もしかして?
通路を斜めに突っ切り、
夜の灯りに群がる蛾の勢いで急接近。
やはり。
JR市川駅で見たものと同じ光り物のバッヂです。
光るバッヂには
イシバシが付きものなので、
ここにイシバシがいると
話としては盛り上がり
完成するのですが、
きょろきょろ見回し、
黒い幕で覆われたテーブルの下も確かめてみましたが、
どこにも隠れている様子はなく、
さすがにイシバシの霊力をもってしても
保土ヶ谷駅の光るバッヂまでは
感知できなかったものとみえます。
市川では
あんなにおばさんたちが群がっていたのに、
保土ヶ谷ではそれほど集客力がないのか、
わたしが見たときは、
ひとりも客がいませんでした。
一個二百円ですが、
一個も売れなかったりして…。

・夏休みラジオ体操してゐたり  野衾

二度目も

 

・パナマ帽に雨ばちばちと当たりけり

東京ビッグサイトでの打ち合わせを終え、
その脚で川崎チネチッタへ。
そうです。
感動の傑作インド映画「きっと、うまくいく」を観に。
わたしは北野武の映画が割りと好きで、
近頃ですと、
「アウトレイジ ビヨンド」も観ましたが、
先週「きっと、うまくいく」を観たとき、
泣いて泣いて挙句の果てに
嗚咽まで漏らし、
感覚がめくられでもしたのか、
ひとを殺す映画を観ている場合じゃねぇなと
思ってしまいました。
日ごろの凝り固まった感覚と感情がマッサージされ
解きほぐされた気分でした。
「きっと、うまくいく」は、
生きる喜びを謳いあげている映画です。
インドでは自殺が多く、
とくに学生の自殺が多い。
それは、
エンジニアか医者になることで幸福が得られる
と考えている人(親)が少なくなく、
子どものときからしのぎを削って勉強し(させられ)、
競争につぐ競争によって
精神が疲弊した果ての
悲しい結末であることが、
この映画を観ることによってうかがえます。
わが子の幸福を願わない親はいない。
が、
親も世間知に惑わされることがあるのは、
またどの国も同じようです。
どのひとも、
ほんとうにしたいことをすれば、
大きな家は買えなくても
そんなに給料は多くもらえないかもしれないけど、
幸せになれるのだということを
この映画は
笑いと涙と感動をもって
高らかにうたいあげ教えてくれます。
ラジクマール・ヒラニという
この映画の監督をわたしは知りませんが、
きっとこのひとも
すんなり映画監督になったわけではないのでは
ないでしょうか。
医者かエンジニアになれという
親の期待があったかもしれません。
歌あり踊りありの
インド映画ならではの楽しさはもちろん、
緻密にていねいにつくられたすばらしい映画です。
そして
登場する役者たちがこの映画を楽しみ、
映画の役を生きていることが
観ているこちらにビンビン伝わってきます。
そのことにまた感動を覚えます。
まだご覧になっていない方、
ぜひ一度ご覧になってはいかがでしょうか。

・夏休み苦手絵日記溜めてをり  野衾

智慧の悲しみ

 

・クーラー音邪念消えずの気功かな

昨年亡くなられた藤沼貴先生の
トルストイ論考集を
ただいま鋭意編集作業中ですが、
これがめちゃくちゃ面白い!
現在の岩波文庫の『戦争と平和』は
藤沼先生の訳です。
A5判686ページ大部の評伝『トルストイ』を著した先生は、
生涯をトルストイの研究、翻訳、
日本への紹介にささげられた方です。
原稿に目を通しながら、
『戦争と平和』『アンナ・カレーニナ』など、
若い日に夢中になって読んだトルストイの人間と作品が、
血の通ったものとしてよみがえってきます。
仕事なのに、
こんなに面白くていいんだろうかと思ってしまいます。
ありがたいことです。
きのう読んでいた原稿に、
アレクサンドル・グリボエードフ
という人が紹介されていました。
帝政ロシア時代の外交官だった人ですが、
子どものときから天才の誉れ高く、
多方面でその才能の発揮を期待されながら、
1829年、
ハーレムから命からがら逃げ出した
アルメニア人少女数名を
ロシア大使館にかくまい、
それに反抗する輩が暴徒と化し大使館に押し入って、
グリボエードフは惨殺されたのち
斬首されたということです。
このとき、グリボエードフ34歳。
天才のグリボエードフは、
任地におもむく直前、
ロシア人でない女性にプロポーズし
結婚したそうですが、
それがただのプライベートな感情からのみでなかったのでは、
と藤沼先生は見ているようです。
未亡人となった女性はとても美しい人で、
グリボエードフ亡き後、
何人もの男性が彼女に言い寄りましたが、
すべて断り、
この世の生を終えた後、
彼女は亡き夫グリボエードフの墓の隣に葬られました。
1954年に岩波文庫から
グリボエードフの『智慧の悲しみ』が
翻訳出版されています。

・雨ばちばちモノトーンの空眺む  野衾

ケセランパサラン

 

・ケセランか捕まえすぐに手を離る

タンポポの綿毛みたいな謎の生物、
生物かどうかも分からない、
謎の物体ケセランパサランを
わたしは『東京都北区赤羽』を読むまで知らなかった。
のですが、
今週火曜日、
十文字学園女子大学での講座に
ゲストとしてお招きした漫画家の清野とおるさんが、
かわいいガラス瓶に入れ、
ほんもののケセランパサランを
持ってきてくれました。
かつて清野さんは、
ケセランパサランを大量に捕獲し、
ヤフーオークションに出品、
数十万円の収益があったそうですが、
その後、
ケセランパサランがカネになるというので、
捕獲合戦が巻き起こり、
バブル状態が出来(しゅったい)、
ついに収束を迎えた。
ことが漫画『東京都北区赤羽』②巻にでていますので、
みなさんよろしく。
ともかく、
ケセランパサランの実物に、
女子大生興奮!
ついでにぼくも興奮!
したわけですが、
んまさにきのうのことです。
昼、
弊社に初めてお越しくださった先生と、
イシバシと新入社員のKさんとわたしが野毛坂を下っていたとき、
んまさにわたしのまえにふわふわ飛んでいた。
のは確かにケセランパサラン!
だって、
十文字女子大学でガラスの小瓶を開けて
手にとって見せてもらったのと全く同じなんだもん!
興奮興奮大興奮!!!
捕まえてやれ!
お。
捕まえた!
割と簡単。
はっは~!
捕まえたど~!!
ではありましたが、
端っこをていねいに持って
しずしずと歩いたのですが、
両手でドームを作ったりして逃がさないように
渾身の努力を払ったのですが、
きのうは割と風が強く、
ふっと風に掃われ
車道に飛んでいってしまいました。
ああああああああっっっ!!!
よほどガードレールをまたいで
取りに行こうかと
本気で思いましたが、
クルマはビュンビュン走っているし、
我に返れば、
ちょっと大人気ない気もしてきて
さびしくあきらめました。
が、
あれは、
ぜったいに
ケセランパサランだった!
ところで、
ケセランパサランとは何ぞや?
初めて聞いた人もあろうかと思います。
ウィキペデアにもでているよ。
コチラです。

・失ひてあれは絶対パサランだ  野衾

『東京都北区赤羽』

 

・七月を乗り切るための御まじない

十文字女子大学の講座の十二回目。
きのうのゲストは、
『東京都北区赤羽』という
変った名前の漫画を大ヒットさせた
漫画家の清野とおるさんでした。
事前に
既刊の①~⑧を再読しましたが、
漫画に登場する
「変った」人たちのエピソードを読んでいるうちに、
「変った」人たちが変っているのは、
寂しさや孤独や人懐っこさがもとになっている
ことに改めて気づかされました。
「変った」人たちを
清野さんがとことん追いかけ
取材し、
漫画にしてくれたおかげで、
登場するどの人も
たしかに「変った」人かもしれないけれど、
みんな変っていていとしい
愛すべき人間と思えてきます。
それをそう感じさせる
清野さんの作家魂がすばらしい!
トークのなかで清野さんは、
刺激を求めて外国を訪れる人が多いけれど、
外国へ行かなくても
身近に刺激的な街や人がいっぱい
という話をされ、
学生さんたちも静かに耳を傾けていました。
『東京都北区赤羽』は、
第一級の文学であると思います。
東京都北区赤羽に
自由の女神の像があることの謎に迫った
第一話がまずもってすばらしく、
赤羽の正しい物語の幕開けを飾っています。

下の写真は赤羽でなく
成田山横浜別院へ向かうところの小路。

・あと三回女子大までの道遠し  野衾

ミズタタキ

 

・紫陽花や色を着けずに枯れにけり

父がミズを送ってくれました。
先週末、
母と目的の山を訪ね、
大量のミズを収穫したらしく、
山椒の実と自家栽培のモロヘイヤといっしょに
送ってくれたのです。
ミズタタキに山椒の実は欠かせません。
ミズの根のほう、
紅くなった部分を包丁で切り、
レジ袋などに入れ、
俎板の上で
まずは擂り粉木を用い
ミズがしんなりするまで叩きます。
この段階で手を抜くと
つぎが大変。
なので、
時間を惜しまず徹底的に叩きます。
へちゃりしんなりしたら、
袋から出して
今度は包丁のミネ(背)で叩く。
最後に包丁の刃で叩き、
ミズがねばねばとろろ状態になったら完了。
山椒の実を
前もって擂り鉢で擂っておき、
そこに味噌と隠し味の砂糖と叩いたミズを投入、
擂り鉢のなかで充分に混ぜ合わせて出来上がり。
炊き立てのご飯の上にのせていただきます。
ああ、こでらえね!

・七月の雲海裂きて陽が昇る  野衾