鏡花小説の女

 

・未生前蝉鳴かずして蝉しぐれ

泉鏡花の小説に登場する女性が
独特の魅力をたたえていることは、
多くの人の論じるところですが、
山形出身の評論家で、
高山樗牛の実弟・斎藤野の人という
変った名前(本名は斎藤信策)の評論家がいまして、
兄弟して若くして亡くなっていますが
(兄は三十一歳、弟は三十二歳)
二人とも頭がよく、
共に東京帝国大学を卒業し、
兄は東大の講師まで務めたといいますから大したものです。
さて弟の斎藤野の人の文章に
「泉鏡花とロマンチク」というのがあり、
そこに、
「鏡花の愛情とは、母の慕はしさと、
姉の懐かしさと更に女の恋しさに依りて成立する。
あゝ之を愛と呼ぶも未だしである、恋と呼ぶも猶及ばずである。
この哀憐の心持ちを何と呼ぶか、
予は固より適切の文字を知らぬ、
恐らくは日本にはまだ無いのであらう。
西洋の辞書にも無論なからう。」
とあります。
「母の慕はしさと姉の懐かしさと女の恋しさ」
その三つがあってはじめて
鏡花小説の女が成立することは、
小説を読めばよくわかります。
「母の慕はしさと姉の懐かしさと女の恋しさ」
なるほどと腑に落ちました。
女性といいたくない。
女、おんなといいたい。
母・鈴が二十九歳で亡くなったとき
鏡花まだ九歳。
理想の女のかたちが幼心に決まったのでしょう。

・寄生虫の被り物して帰省中  野衾