本は枕?

 

・舟過ぎて川面乱れる桜かな

おとといは鍼灸の日。
「おはようございます。ちょっと早く着きまして」
「いいですよ。どうぞこちらへ」
「失礼します」
カーテンで仕切られたコーナーへ案内され、
上着と靴下を脱ぎ、
腕時計とズボンのベルトを外してベッドの上に横になります。
先生がスッと寄ってきて、
まず首に触りました。
「ここはストレスです」
両脚に十箇所ほど鍼を刺され、
しばらくそのまま。
気持ちが良くなり、つい、うとうとと。
「そちらを向いてください」
「はい」
やがて、また、うとうと。
今度は反対。
最後はうつぶせ。
あっという間の一時間でした。
お代を払い、次の予約をしてから外へ出ます。
深呼吸。
あああっ! 気持ちいいいいっ!
さてと。
本屋にでも寄っていくか。
住吉書房の二階、文庫本のコーナーへ。
岩波文庫がけっこうあります。
光文社古典新訳文庫。
中条さん訳の本だ。
高遠さん訳のプルーストはと?
角川文庫『源氏物語』か。
文庫で源氏は読めないや…。
体調が悪かったときに、
枕をいろいろ調べて、
自分に合った枕を探し、
蕎麦の実入りの枕を求め、今もつかっています。
ホテルでもこのごろは枕のサービスがあったり。
枕によって睡眠の質が左右されるように、
どの本で読むかによって読書の質が左右されます。
読めればいいわけではない。
それは、人によってもちがうでしょう。
同じ人でも、
かつて文庫で読んだのに、
いまは大型の本じゃないとダメ、
という場合もあります。
老眼のこともありますから。
本は、暇があったら読めと、新井奥邃は言いました。
暇がなければ読まなくたっていい。
それぐらいのものだから、
読むんなら、
自分に合った枕を選ぶように、
自分に合った本で本を読みたいと思います。

・子どもらがあの雲からの天気雨  野衾

痒いのか

 

・春なれば声も眠たし烏かな

『マハーバーラタとラーマーヤナ』の
下版前最終チェックのため、
亜細亜大学に行ってきました。
無事チェックが終り、
JR武蔵境駅から快速の東京行きに乗車。
三鷹駅で中央快速に乗り換え。
こちらが停車駅が少なく新宿まで早く着きます。
新宿で湘南ラインに乗り換え。
待っている時間がほとんどないのも珍しく、
順調かつ快調。
渋谷で降りる客が多く、
空いたシートに座りました。快調。
春の陽気はのたりのたりで、
鞄のなかの『ファーブル昆虫記』を取る気になれず。
ついうとうとと。
と、
目を開けるとすぐ目の前に、
学生でしょうか、
いや学生ではないでしょう、
OL風の若い小柄な女性が立っています。
微妙に体をくねらせ、
電車の振動とちがう動きをしています。
両膝を交互に緩めたり伸ばしたり。
両肩が膝に連動しているような、いないような。
ん!?
だんだん眼が覚めてきました。
ひょっとして。
いや、そんなことはないか。
でも…。
わたしは最初、
彼女が背中のどこかが痒くて動いているのかと思いました。
むず痒がっている動きそのものなのです。
『ファーブル昆虫記』にでてくる蜂の幼虫みたい。
もぞもぞもぞもぞ。
痒みはいっこうに止みません。
おかしい。
痒みがそんなに続くわけがない。
わたしは、
姿勢を正して腹の角度を鈍角にし、
彼女との距離をとり、
全身を視野に入れました。
したら、
彼女の耳にイヤホンが装着されていました。
は。
そうか。
なるほど。
痒くて動いていたわけではなかったのか。

・友もありさうざうしきは春日かな  野衾

あまり言ってると

 

・天気予報花粉多しと脅しをり

わたしはだいたい九時には寝ます。
寝る前の十五分、
NHKの「首都圏ニュース845」を見てから。
気象情報は斉田さんです。
「気象情報は斉田さんです」と言うのは、
奈実ちゃん。守本奈実さん。
今週は奈実ちゃん担当です。
久保田祐佳さんと週単位で交替しますが、
「気象情報は斉田さんとお伝えします」と言う
祐佳さんのときはあまり見ません。
奈実ちゃんは必ず「気象情報は斉田さんです」
祐佳さんは必ず「気象情報は斉田さんとお伝えします」
絶対に変えません。譲りません。
二人とも頑固です。
わたしが奈実ちゃん奈実ちゃん言うものですから、
家人も「あら、今週は奈実ちゃんなの?」
「そうだよ。奈実ちゃんだよ」
「春らしい色だね」
「うん。よく似合う」
てなことで、
なんとなく身内意識で見ています。
奈実ちゃん、学習院大学文学部卒っていうから、
中条さん知ってるかなぁ。
なんて。
こういう気持ちが高じるとストーカーになるのか?
ならないけど。

・奈実ちゃんと斉田さん見て今日も寝る  野衾

おならは

 

・おシャレより長靴バシャバシャ春の雨

高峰秀子の『私の梅原龍三郎』を読んでいたら、
「おならを落とす」ということばがでてきて、
そういう言い方もあるのかと
初めて知りました。
とてもオシャレだった梅原龍三郎の
晩年のエピソードだったと思います。
放屁を「屁をひる」「屁をこく」と言うのはあたりまえですが、
信愛し敬愛する梅原龍三郎との思い出を彫琢するのに、
「屁」も「ひる」も「こく」も、
相応しくなかったのでしょう。
「おならを落とす」という言い方が
初めてだったこともありますが、
その言い方に、
高峰さんの微妙な優しさがこめられているようで、
印象ぶかく読みました。

・云ふほどに優しくもなし春の雨  野衾

夕霧かずき

 

・嘘一つ言はずに終へし萬愚節

三度目の源氏物語もだいぶ進んで、
まもなく初音に入ります。
学校の勉強でなく、
自分で読もうと思って最初に読んだのは、
高校に勤めていた頃ですから、
ほぼ三十年前になります。
今と同じように出勤前の朝早く、
時間を決めて読んだのですが、
なんともお勉強のようなつまらぬ読書で、
楽しむどころではありませんでした。
その後ずうっと時間がたち、
まず田辺聖子の『新源氏物語』を、
つぎに谷崎潤一郎の現代語訳を、
それと並行するように
岩波文庫ワイド版で読んだら今度は読めた。
さらに、
瀬戸内寂聴訳で物語に登場する女たちにダイブし、
橋本治『窯変 源氏物語』で光源氏にしんねり突っ込みして、
原文にもう一度アタックしたわけです。
三度目の正直!?
だいぶ楽しめる間が増えた気がします。
が、
すらすらすらと読めるかというと、
そんなことはありません。
ふー。
やはり千年の時間は大したもの。
そして読めば読むほど、
作者の紫式部という人はスゲー! と思ってしまいます。
このごろの楽しみは、
自分が映画監督か
テレビドラマのディレクターになったとして、
登場人物たちのそれぞれに、
芸能人だったら誰を、
あるいは自分の周りの人だったら誰をあてるかと空想すること。
それで独りバカウケしているのが、
光源氏と葵の上の子どもである夕霧。
お勉強はできるけれども、
融通が利かず、
好奇心旺盛であっちふらふらこっちふらふら、
若いのに、勉強ができるものだから、
なんとなく老成していて、
この感じ、
いるかいないかいないかいるかと
目を宙に泳がせていたら、
えなりかずきが突如目の前に現れた。
以来、
物語の中をえなりかずきが徘徊し、
はらってもはらってもえなりかずきが拭えません。
夕霧かずきとよびたくなる所以です。

・あの娘から愛の告白萬愚節  野衾

元祖スギちゃん!?

 

・いにしへにまねぶ鶯ほーほけきょ

朝日放送「パネルクイズ アタック25」や
NHK・BSⅡ「週刊ブックレビュー」の
名司会者としても有名だった児玉清さんは、
2011年5月16日にお亡くなりになりました。
春風社ではこれまで二度、
装丁の賞をいただいていますが、
そのプレゼンテーターが児玉さんで、
わたしは児玉さんから直接賞状を受け取りました。
テレビで見るとおり背が高く、
颯爽としてほんとカッコよかった。
児玉さんの遺稿集『すべては今日から』(新潮社)を読んでいたら、
え!?
児玉さんて、こういう言い回しをする人なの、
と目を瞠る箇所が何度もでてきます。
たとえば、
「悪者を描いてジェフリー・ディーヴァーと肩を並べる異色知性作家に心底敬意の乾杯をしたのだ。俺はふるえたぜ。」
「マイケルとともに苦難を乗り切ろうとこちらも懸命になり、最後には、彼女の明晰な頭脳と勇気ある心と強靭な身体に、ぞっこん惚れてしまったのだ。とても逢いたくなったぜ。」
「まったりとした女性の深情けか、蠱惑の赤ワインにとろけるような酔い心地といったミステリーだぜ。」
こんな具合。
児玉さんのモノマネをする博多華丸を見て笑う笑いに近いものを感じ、
「だぜ」がでてくるたびに笑ってしまいます。
あと、
児玉さんがよくつかう言い方で、
「ジェットコースター・ライドに乗ったような」もあります。
ツンドラ地帯の上を飛ぶ機内で読んだミステリー小説は、
「身も凍る」だったり。
比喩がわかりやすい!
アタックチャ~ンス!!って感じで、
やっぱり児玉さん好きだなぁ。
ご冥福をお祈りします。

・二百円上げても混雑床屋かな  野衾