胡椒

 

・入学の後のランチはハンバーグ

昼、イシバシと食事へ。
いつものことながら、
何を食べるかと決めずに出て、さてと。
足の向くまま気の向くまま。
きのうは左へ歩いたので、きょうは右。
天気もいいし。
ねかちもマンションのグランドメゾンの縁を半周、
本町小学校横の階段を下り、ラクレットへ。
ちょうど入学式の日で、
学校の前の道が混んでいます。
ラクレットも人でいっぱい。
ダメだきょうは。
ならば。
ココイチのカレーに向かっててくてくと。
後ろから呼び止められました。
見れば、
ラクレットのお嬢さん。妹さんのほう。
姉妹で交替で店を手伝っているのです。
店に入ると、
テーブルが分けられており、
狭いながら、
向かい合わせで二人座れる席を作ってくれていました。
イシバシ、ハンバーグ定食。
わたし、ビッグハンバーグ定食。だはははは…。
自家製の麦茶で喉を潤していたら、
となりの四人家族のテーブルに、
ハンバーグ定食が四つ運ばれてきました。
どれも同じサイズ。
父も母もおにいちゃんも、
きょう緊張して入学式を終えたであろう弟もハンバーグ定食。
わたしは、
五十五年生きてきて、
父と母と弟と四人で
ハンバーグ定食を食したことがありません。
なんて。
まあ、いいですけど。
そんなことを思ったりしているうちに、
こちらのテーブルにも、
ハンバーグ定食とビッグハンバーグ定食が運ばれてきました。
鉄板の上で、
ビッグハンバーグがジュージュー言っています。
イシバシに目で合図しました、胡椒と。
イシバシ、目が、・ ・
と、
気づくはずのない隣りの女性が、
わたしの右隣りにいて絶対に気づくことなどあり得ない彼女、
入学式を終え
家族四人でハンバーグ定食を
静かに喜びを噛みしめながら食べていたであろうその母が、
自分のテーブルから
サッとペッパーミルを渡してくれました。
「あ、ありがとうございます」
そのやり取りを見ていたイシバシ「よく分かりましたね」
「胡椒が好きなものですから」と美しい母。
胡椒が好きなものですから…。
それはそうかもしれませんが、
おそらく、
ハンバーグ定食が運ばれてきて、
すぐに手をつけないわたしを、
その短い独特の間を感じとり、
それで胡椒が欲しいのかと気づいたのでしょう。
おそるべし母!
子を持つ、
しかも小さい子を持つ母なればこその感覚なのでしょう。
グリグリグリとたっぷり胡椒を挽き、
それから隣りへペッパーミルを返しました。

・母があり父あり子あり入学式  野衾