一万一千本の鞭

 

・春の陽の大丸窓に没しけり

『出版ニュース』三月号に、
拙著『マハーヴァギナまたは巫山の夢』の書評が
掲載されていました。
「いました」というのは、
書評してくださった著者から
手紙をいただくまで知らなかったからです。
どの本についてもそうですが、
いろいろ目配りしていても、
掲載の事実を見逃すことが間々あり、
後で教えてもらうことになります。
今回書いてくださったのは装丁家の桂川潤さんです。
そのなかで桂川さんは、
拙著をギヨーム・アポリネールの
『一万一千本の鞭』に比してくださっています。
もう、大大大満足。
奇書怪書『一万一千本の鞭』を
かつて興奮して読んだ身にとりましては、
これ以上ないぐらいの褒め言葉。
褒められて年取りたいタイプのわたしです。
コチラです。

・うらうらと雲隠れ行く源氏かな  野衾

目録新聞完成

 

・春なれば漫ろごころを拾ひけり

「春風目録新聞」第12号ができました。
今回の特集は「家族の風景」
今回お願いしご寄稿くださったのは、
池内紀、ピーコ、佐々木幹郎、堀江敏幸の四氏。
四氏にとっての「家族」の風景を眺め、
味わいたいと思います。
詩とエッセイを読みながら、
わたしにとっての家族についても思いを廻らせたい。
朝、
アウグスティヌスの『告白録』を読んでいますが、
ちょうど
母モニカの死の場面に差し掛かっています。
切々たるものがあり、
生きることの悲しさ、大いなる願い、
悦びが詠われており、
緊張します。
間違わずに読むことが難しく感じます。

・鶯や源氏の隣りで法法華経  野衾

ブロックルーム

 

・赤羽や様変りして春の風

きのうは、
十文字女子大学での二回目の講義。
無事に講義を終えて、
帰途、
JR京浜東北線赤羽駅で降り、
春風社が始まった「まるます家」を訪ねました。
が、
一階も二階も客でごった返し、
立錐の余地なし。
あえなく退散。
むかし酔って歩いた道を、
看板の移り変りに目をやりつつ、
ぐるり回って帰ってきました。
もはや無くなっているだろうと思われた、
当時定宿にしていたカプセルホテル「ブロックルーム」が
まだ(失礼!)あり、
それだけでも驚きなのに、
なんと、一泊二八〇〇円も変らず。
いろんな思いや迷いを抱えながら階段を上った昔が、
なつかしく思い出されました。
あまりなつかしかったので、
ドアを開け、
むかし世話になったものですと、
あいさつすると、
係りの男の人(さすがに変っていました)に、
「そうですか、またよろしくお願いします」
と言われましたが、
もう泊まることはないでしょう。

・女子学生球打つ庭や春の宵  野衾

『釈譜詳節』全3巻完結!

 

・をちこちのいのち芽吹かす春の風

十五世紀、朝鮮ではハングルが作られ、
それにより釈迦の伝記『釈譜詳節(しゃくふしょうせつ)』
が国家事業として編纂されました。
朝鮮のいわば古典中の古典といっていいでしょう。
たとえば日本の源氏物語と同様に、
自国の人もなかなか読めない古典を、
外国人である河瀬幸夫先生が日本語に翻訳しました。
たとえばアーサー・ウェイリーの
『The Tale of Genji』にも比すべき偉業であると信じます。
古いハングルは読めなくても、
日本語なら読めるという学者が
韓国には多くいるそうです。
河瀬先生の仕事に対し、
韓国の碩学も「偉業」と讃え、
推薦文まで寄せてくださいました。
韓国、北朝鮮、日本は、
政治や外交の世界において、
けしてうまくいっているとは言いがたい現状ですが、
そうであればこそ、
今回の先生の仕事はますます輝いて見え、
文化が一朝一夕にはならず、伝わらず、
時と人の共同作業であるということがよく分かります。
腰をすえた対話の必要を感じます。
神奈川新聞の柏尾安希子記者が、
この本の意義につき
「15世紀半島仏教の集大成「アジアの歴史が凝縮」」
と題し熱く伝えてくださいました。
コチラです。

・春服のアナウンサー見て今日も寝る  野衾

フォークソング

 

・春の宵友と無言の「神田川」

高校の同期生で陸上部でもいっしょ、
学部はちがっていましたが、
大学も同じだった友人のIくんが遊びにきてくれました。
ときどき来ます。
Iくんはフォークソングが好きなので、
来るとだいたい掛けます。
秋田にいる弟がくれたCDが六枚あり、
それを順繰りに。
六枚というのは中途半端な数字ですが、
「フォーク集」五枚のなかから
選りすぐりを一枚のCDに収めたのを最初くれ、
しばらくしてから、
五枚全部をコピーしてくれました。
Iくんは、
カメラマンの橋本さんが感動するほど酒が好きです。
Iくんから酒を取り上げたら、
体を悪くするのではないか、それぐらい。
美味しそうに飲みます。
絶対に乱れません。
たまに寝ます。
CDを聴きながら、
とくに話すこともありませんが、
二人とも髪があった昔をなつかしみ、
除雪車が雪を払って
両側が高くなった道路のような頭になった今を笑い、
酒をゆっくり楽しみます。
神田川、岬めぐり、なごり雪、わかって下さい、…。
いいなぁ、いいなぁ、で、
夜が更けていきます。

・式のごと酒の瓶持つ友の顔  野衾

異文化や

 

・木漏れ日の揺れて静かに春が行く

書評紙『図書新聞』今号は、辞書・事典特集。
その1~2ページに、
『異文化コミュニケーション事典』の編集代表である石井敏先生の
インタビュー記事が掲載されます。
『図書新聞』は週一回発行される週刊書評紙。
この時期は例年、
辞書・事典の特集が多くなりますが、
その筆頭を飾って
わが『異文化コミュニケーション事典』が
二ページにわたり取り上げられることは、
とても名誉なことにも感じ、
うれしく思います。
しかも、
「異文化」は四文字!?
なぜ四文字に関心が向くかといえば、
「や」を付けて五文字にすると、
「異文化や」となり、
俳句を作るのにピッタリ!(そんなこと?)
きのうはここで、
あいづちを打つ頻度が
アメリカ人に比べ、
日本人は約二倍であるという話を引用しましたが、
それをふまえて。

○異文化やあいづち六つで殴られた

お粗末でした。

・青き蝶五尺三寸二廻り  野衾

『英語教育』に異文化

 

・鳥啼くも季節を忘る暑さかな

『異文化コミュニケーション事典』が、
『色彩を持たない多崎つくると、彼の巡礼の年』ほどではありません
(言わなくても分かる? 失礼!)が、
売れています。
学術的かつ専門的な辞書ともいえますが、
かたいことを言わないで、
ぱらぱらめくって気になることばに当たってみると、
そこをちょっと読んでみるだけで、
へ~とか、ふ~んとか、ほ~とか納得したり、
初めて知ることがあったりして楽しく、
見てい読んでいて飽きません。
面と向かって人の話を聞くときには、
かならずあいづちを打ちますが、
あいづちの回数が、
アメリカ人に比べて日本人は約二倍だそうです。
研究者というのは、
いろいろなものを調べるものなんですね。
なかなかふつうの人は思いつきません。
それだけ日本人があいづちを打つ頻度が多いともいえるでしょうが、
文化の違いによって、
とんでもない誤解を生むことにもつながります。
ことほど左様に、
異文化コミュニケーションが重要になってくるわけです。
『英語教育』という専門雑誌に、
この事典についてのすばらしい書評が掲載されました。
コチラです。
これからますます重要になってくるであろう異文化コミュニケーション、
少々値が張りますが、
一冊いかがでしょうか。

・上セーター下半ズボンの部屋着かな  野衾

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