まるちゃん

 

 白楽や坂を上りて初桜

近所にまるちゃんと呼んだり、
まるこちゃんと呼んだりする人がいます。
ほんとの名前は別にあるのですが、
さくらももこの「ちびまる子ちゃん」に、
どこか似ていて、いつのまにか、
まるちゃん、まるこちゃんと呼ぶようになりました。
このごろは、本人もふつうに、「まるこね…」
なんて言っています。
まるちゃんは、作家の小川糸さんのファンで、
先だって、
紀伊国屋書店でひらかれたサイン会に出かけたそうです。
整理券は三番だったのに、一番と二番の人が現れず、
必然、まるちゃんが一番におどりでてしまいました。
サイン会など出たことのないまるちゃんです。
ドキドキドキドキドキドキドキドキ。
心臓が飛び出そうです。
小川さんが席に着き、いよいよ始まり。
まるちゃんは、なにをどう言っていいのか分かりません。
小川さんも、まるちゃんの困ったこころが分かってか、
まるちゃんのほうをチラと見ました。
なにか言わなければならない。
なにか。なにか…。
「『坂の上の雲』さっき見てました…」
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周りにいたスタッフ、小川さんがいっせいに笑いました。
わたしはこの話が大好きです。
天才的に面白い!!
考えてできることではありません。
スタッフと小川さんが笑ったのも、うなずけます。
列に並んでいる人たちも、
きっとホッとしたのじゃないでしょうか。
小川さんのサイン会に来て、
しかも列の先頭に並ぶほどのファンであるのに、
小川さんに関係していることを口にしないで、
「『坂の上の雲』さっき見てました…」
サイン会が始まる前に、書店の棚に並ぶ文庫本を手に取り
見ていたということでしょうか。
いずれにしても、よほど緊張していたのでしょう。
では、なぜ『坂の上の雲』だったのか。
小川さんが司馬遼太郎の『坂の上の雲』が好きなことを
知っていたからです。
まるちゃんは、
なんであんなことを口にしてしまったのかとも
思ったようですが、
ぼくは素晴らしいことだったと思います。
まるちゃんが小川さんの作品をいかに愛しているか、
その日会えることをどんなに楽しみに来たかということは、
それぞれの作品について
気の利いた感想を言ったりすることよりも、
苦労して作家になった当の小川さんには
痛いほど伝わったと思います。
小川さんも、サイン会の印象深いエピソードとして
ずっと忘れないでしょう。
まるちゃんは、
ひかりちゃん、りなちゃんのおかあさんです。

 ひとり来て意味を失せしや初桜

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