秋晴れ

 きのう、おとといと冷たい雨が降っていたのに、今朝はすっかり晴れ渡り、ぽっかり雲など浮いたりして、なんだか気持ちいい。
 パソコンに向かい、いつものように、さて今日は何を書こうかな、と、ひょいと窓の外を見たら、猫がいた。三毛猫。
 盆栽棚の上にある、オブジェにいいわいと思ってかつてどこかから拾ってきた錆びた鉄屑が、猫にはちょうどいいぐらいの寝床で、そこにすっぽり収まり、ベランダの下10メートルほどのところを歩いてゆく人間を、つまらなそうに見たり、大きなあくびをしたり。と書いているうちに、猫は、外への興味を失ったか、くるんと体を丸めて、ぺたりと寝てしまった。ときどき耳をピンと立てる。
 秋田の実家では、家畜も多かったが、猫もいた。代々黒で尻尾の丸いものと決まっていた。死んだ祖父トモジイが、二つの条件を満たす猫でなければダメと言ったからだ。あの頃のトモジイは威厳があったから、家のしきたりとして別に疑問に思わなかった。トモジイが鶏を好きなわけは晩年本人から聞けたが、猫が黒く尻尾の丸いものでなければダメの理由は聞けずじまいになってしまった。
 今ぼくが勝手に想像するのは、黒い毛並みが光を反射し銀に輝く姿を良しとしていたのではなかったか、ということ。しなやかで強い感じがするではないか。トモジイを思い出すと、自分と似ているところが多く見出せるから、黒い猫についても、感覚的な好みの問題だったような気がする。あるいは、トモジイは高級がとっても好きだったから、黒い猫が単にそう見える、ということだったのかもしれない。
 ところで、丸い尻尾というのは何なのか。ふむ。長い尻尾より丸いほうが可愛いとでもトモジイ思ったか、よく解らない。子どもの頃、近所の家や親戚の家に遊びに行って、長い尻尾の猫が出てくると、自分の家のと違うからギョッとしたものだ。
 ん、いつの間に下りたのだろう。三毛猫がどこかへ消えた。

カブトガニ

 15年前、ということは20世紀、に買ったエアコンを取り外し、ついに、21世紀型の新しいエアコンが設置された。(ご承知と思いますが、ぼくが設置したわけではありません。業者の方が設置してくれました。念のため)
 まず驚いたのは、音が静かであること。スイッチを入れると、ピ、スー…………で、灯りが点いていなければ、駆動しているのか怪しく思うぐらいに静か。この前までの、蝿が飛んでいるようなあの五月蝿さは何だったのか。
 それから、ぼくは、だいたいにおいて機械音痴なので、買う時に「色々な機能は要りませんから、なるべくシンプルで安くて頑丈なのにしてください。エアコンとしては、暖房と冷房と送風があればそれで結構です」と言った。にもかかわらず、設置されたエアコンを見たら、いま流行りのマイナスイオン発生装置が付いている。標準装備なのだろう。健康にいいとかなんだとか、テレビで見たことがあるし聞いたことがある。マニュアルを見ると、ここがマイナスイオン発生装置と矢印で示されていた。
 エアコンの傍に寄って仰ぎ見る。たしかにピョコッと小さな出っ張りがある。ははー、ここから出るわけね。どれ、じゃあ、そのマイナスイオンなるものを存分に浴びてみようじゃねえか。
 眼を閉じて、ブナ林の中ででも遊ぶ自分を想像してみる。スローモーションで走るおいらを恋人が亜麻色の長い髪をなびかせ、これまたスローモーションで追いかけて来る。きゃっきゃっきゃっ、うーん、青春!
 しばしの瞑想の後、貧困な想像から覚め、眼を開けてみたのだが、別に何らの変化も見られない。改めて全身の細胞をていねいに点検してみた。が、血圧が下がったとか、尿酸値が下がったとか、IQが上がったとか、そんな特別なことは何にも起きていないようだ。本当に体にいいのかコレ、と疑問に思ったけれど、頼んで付けてもらったわけでなし、ま、良しとした。
 さて、このエアコン、じっと見ていると、じっと見ていると、なぜか、カブトガニの甲羅を連想するんだな。スターウォーズに出てくる何とかという戦士の兜にも似ており、とても変な形だ。つい、見てしまう。

風景

 家の近くの古い木造家屋が火事で焼けてからひと月以上が過ぎ、毎日業者が来て後片付けに余念がない。
 丸焦げになっていた庭の植木は、あんなに黒く焼かれて焦げ臭かったのに、植物の生命力というのは大したもので、なかに死ななかったものもあるらしく、黒い枝のあちこちから緑の新芽が吹き出ている。
 先日、朝、出掛けにそこを通ったとき、全焼した家の老ご主人が、業者の人に向かって、わたし、ちょっと出掛けてきますから、後はよろしく、と言ってサッと手を上げた。火事が起きたとき対策本部のホワイトボードに、たしか世帯主72歳とあったけれど、50代ぐらいにしか見えないので、不思議な気がした。
 季節はようやく秋を迎え、真っ青の空はますます青く、丘の向こうのランドマークタワーが白くそそり立っていた。

マズっ

 イチローがとんでもない記録をつくって、なんだか気分爽快、スッキリしたので、いつもの床屋に行った。
 イチローをはじめ、中日ドラゴンズの優勝、日にちが重なっていたらイチローにスポーツ紙の第一面を食われていただろうこと、最近の日本プロ野球界の動向など、いわゆる床屋談義に興じているうちに、頭もさっぱりした。
 イチローで心が、床屋で頭が、さっぱりしたので、ラーメンを食うことにする。
 京浜急行井土ヶ谷駅近くの、これまで何度か行ったことのある店に歩いて行ったのだ。朝から何も食っていなかったから、少々腹が空き、キムチ味噌ラーメンと鮭ご飯を頼んだ。
 程なく頼んだものが出てきて箸をつけたら、ぶっ飛んだ。キムチが酸っぱくて食えねえ。まさか腐ってはないと思うが、こんなに酸っぱいキムチは初めてだ。アッタマにきたから、よっぽど店員を呼びつけて、おめえ、このキムチ食ってみろ、食えるもんなら食ってみやがれー!! と叫びたかったが、今日はそんなにテンションが高くないので、箸でキムチを丼の端に寄せ、食べるほうに来ないように注意しながら麺を啜った。でも、どうしてもキムチの酸っぱさをスープが引き寄せ、やっぱり酸っぱい。なので、今度は、まだ酸味に侵されていないであろう丼の底のほうから麺を掬い上げ、静かに食べた。二口ぐらいは普通の味だったが、やがて、どう足掻いても、もはや手遅れ。腐りかけのキムチに侵された味噌スープは泥水に酢をぶちまけたようなとんでもない液体に変貌。ぼくはすっかり意気消沈。イチローも中日もない。ははははははは… 情けなく、鮭ご飯を食べ、水で胃に流した。
 もう、セロニアス文句も言う気にならない。ははははは… セロニアス・モンクはジャズピアニスト、モンクと文句をかけたわけ。ははは… ダジャレです。むなしい。
 未練たらたら、ご馳走様でした、とだけ言って店を出た。

陰鬱

 きのう、小・中学校の同級生からメールがあった。あまり連絡してくることのない人で、珍しいなと思って読んだら、同じクラスのS君が亡くなった、という報らせだった。
 気になったので、夜、仕事が終わって帰宅途中、報らせてくれた幼なじみに電話で訊いた。
 S君だということは最初わからなかったらしい。崖から海に落ちている車を、自転車で偶然通りがかった人が見つけ110番通報、新聞では、50代ぐらいの男性の死体が見つかったと報道されたらしい。後に、身元がわかったが、今のところ死因は不明…。
 すぐに、自殺だな、と思った。なんでだか解らないが、そう思った。おそらく、今の気分がそう思わせたのだろう。
 仕事はおかげさまでまずまず順調と言える、健康は、血圧と尿酸値を下げる薬を飲んではいても、ビールと一緒に飲んだりして、すこぶるいい加減、カネも、若い頃のように借金してまで飲んでいるわけではないから、少しはある。けど、何かが決定的に欠けているように感じる。
 自分で解決しなければならない。でも、時々、縁を歩いているように思って恐ろしくなる。S君はどこいら辺を歩いていたろうか。障害物が恩恵に思えることもあろう。仕事や趣味が防波堤とは限らない。このズブズブ沈んでゆくような時間が強敵なんだ。
 農繁期のこととて、幼なじみの女性が言うことに、作業場で米を搗いていたとき、ぼくから電話が掛かったのだと。こんなに遅くまで仕事をしているの?
 気持ちが沈んでいくまま話しつづけるのがだんだん辛くなる。体に気をつけて、とだけ言って電話を切った。

初心

 今日十月一日は何の日かというと、春風社創業の日であります。昨日が五周年、したがいまして今日から新たな気持ちで六年目、そういうことになりました。これも美奈様の、いや、皆様のおかげ、これからもよろしくお願いします。
 会社を作ろうか、作ろうよ、よーし作ろう作ろう、ということになり、桜木町にある法務局へ行って「あのー、会社を作りたいんですけど…」と、受付の人におずおず切り出した。「あん!? 株式? 有限? どっちですか?」と訊かれ、「え、あ、あの、あの、ゆ、ゆ、ゆうげん」なんて答えたことが懐かしい。
 こんなふうに書くと、法務局の係官がいかにもぞんざいのように思われるかもしれないが、彼が発した言葉はたしかに上に記した通りでも、いま思えば、何の準備もなく、紙ヒコーキの作り方を教えてください、とでもいったノリで、会社の作り方を教えてくださいという人間が目の前に立っていたのだから、係官、困ってしまってワンワンワワンだったのだろうと同情する。
 それから始まり、人に頼まず、参考書首っ引き、全部自分たちで会社を作ったから、その時は、人に教えられるほど会社の作り方に通暁していた。ところが、五年も経つと、きれいさっぱり、すっかり忘れた。忘れちまった。
 それで思うことは何かというと、気持ちいい、これです。ただただ、気持ちいい。
 初心を忘るべからずということですが、いろんなことを憶えていられないので、ぼくの場合、結構初心かもしれない。忘るべからず! なんて厳しく戒めなくても、すぐに忘れるから初心だ。
 だから、ぼくとしては、初心なんてすぐに忘れろ、忘れていいのだよと言いたい。初心より、目の前のものをどう動かすかに面白みを感じていたい、というか、感じている限り、この仕事をやっていけるだろうと思っている。
 三人いれば国を相手に闘うことだって出来るというのが出版社の面白いところです、と、先日お目にかかった民俗学者の谷川健一さんが仰ったので、なるほどと合点がいった。
 肩肘張らずに、これからも仲間と喧嘩しながら仲良くやっていきたい。

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