五十年

 

 あそこまで五百二十歩夏の月

今年四月に刊行した青江舜二郎の傑作戯曲
『法隆寺』を五十年待った人がおられます。
野中堯(のなか・たかし)さんという方で、
今月十六日、「秋田さきがけ新報」文化欄に
「よみがえる昭和演劇の古典」という、
版元にとってもありがたい記事が大きく掲載されました。
それがコレです。
野中さんは、一九三三年生まれ、
高校教師を務められた方だそうですが、
「法隆寺」を初出の雑誌『悲劇喜劇』で読み、感動し、
本になったら買い求めようと思っていたその本が、
半世紀を経た今年、
ようやく刊行されたことになります。
記事の冒頭、
「本県出身の劇作家、青江舜二郎の戯曲「法隆寺」が、
横浜市の出版社、春風社から出版された」の一文に、
公私ともども、縁の不思議を思わずにはいられません。

 ご褒美は梅雨の晴れ間のアイスかな

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裸でプラプラ

 

 足柄や富士を仰ぎて初夏の風

近所のひかりちゃんりなちゃんご一家の車に乗せてもらい、
この休日、
沼津方面のドライブを愉しんでまいりました。
山は十メートル先が見えないほどのガスがかかり、
やむなく引き返さざるを得ない場面もありましたが、
一年ぶりに訪れた沼津の街をぶらり散策。
獲れたてのネタで握ったお寿司は
何と言っても美味しいわけで、
荒れた海上にはカイトがビュンビュン揺れています。
今回の旅で、自分のイカ好きを再発見、
とくに、
「沼津みなと新鮮館」に入っている
「えび伝」さんのイカの姿丸焼き380円は、
イカの旨みがぎゅっと詰まって、しかも柔らかく、
美味かったあ!!
鍼灸の先生から「ご褒美はときどき」と
戒められており、
その言葉と先生のやさしくも厳しい顔が
チラと頭をかすめましたが、
急遽この日を「ご褒美の日」としたことで、
わたしの迷いは吹っ飛びました。(なんだかなあ)
帰りは三島の極楽湯でひと風呂浴び。
露天風呂が広くて気持ち好かったあ!!
空を見上げながら風呂に浸かり、
熱くなったら、
湯舟から出てプラプラ歩くもよし、
椅子に座って呆けるのもよし、
裸はやっぱり気持ちいい!
てえことで、
濃密充実の休日でした。
終日ドライバーを務めてくれたパパさん、
お疲れ様でした。
そして、ありがとうございました。

 雲晴れて今忽然と夏の富士

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ウジ

 

 夏風邪やそろそろ離れてよろしかろ

横浜駅の地下街に天龍というお寿司屋さんがあります。
小さいお店ですが、
わたしのこの頃のお気に入りです。
ご主人は、おそらく三十代でしょう。
ちゃんとしたお寿司屋さんで相当
修業を積んだものと思われます。
奥さんと母親らしき女性が手伝っています。
わたしは、あいさつと注文する以外、
話したことがありません。
まだ四度目でして。
きのうは、
わたしが入ったときは
先にお客が二人しかいませんでしたが、
すぐにいっぱいになりました。
ご主人も、わたしとはともかく、
なじみのお客さんらしき人とも、
ほとんど話をしません。
母親とおぼしき女性が、ちょっと声を掛けるぐらいです。
わたしは四度とも、入ってすぐのカウンターの
入口から二つ目の椅子に座りました。
若いご主人は、
カウンターでわたしが注文しても、
その前に注文された品があると、
それがお土産であっても、そちらを先にします。
悪い気はしません。
それが方針なのでしょう。
今日はお客さんも多いし、
そろそろ帰ろうかなと思ったちょうどその時、
母親らしき女性から、
「どうぞご注文なさってください」と
声を掛けられました。
わたしがおとなしく座っているのを
気遣ってくれたのでしょう。
「はい。ありがとうございます」
と答えたてまえ、
すぐに帰ることは憚られました。
「でもなあ。今日は客も混んでいるし。
きっと時間掛かるよなあ。しゃあないか」と心の声。
そして、わたしはご主人に向かって声を発しました。
「ウジください!」
気功教室の時間が刻々と迫ってきて、
我ながら焦っていたのでしょう。
ウニとアジを頼むつもりが、ごっちゃになって、
しかも、ウニの「ニ」とアジの「ア」が落ち、
「ウジ」になってしまいました。
わたしは自分の間違いにすぐ気づき、
「いえ。ウニとアジをください!」と訂正。
ご主人、にこりともせずに、
「ウニとアジですね。かしこまりました」
結局、
気功教室は大幅に遅刻してしまいました。

 入梅や人も天気も壊れけり

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アイゼンハワーTシャツ

 

 梅雨晴れて今日もハズレだ天気予報

事前に電話で連絡があり、原稿を持ってKさん来社。
暑い中、紅葉ヶ丘の山の上まで
ネクタイ、スーツ姿でお越しくださいました。
他社から二冊本を出されていますが、
春風社の既刊本の中に参考文献として自著が上げられており、
それで興味を持ってくださったとのこと。
Kさんの三冊目となる本は、
アイゼンハワーの生涯を記したものです。
アイゼンハワーといえば、
アメリカ合衆国の第34代大統領にして、
第二次世界大戦におけるヨーロッパの連合軍最高司令官です。
歴史の教科書に出てくる「偉い人」。
社の真ん中の楠のテーブルを囲み、
しばらくお話を伺い、
まずは原稿を預からせていただいて、
ということになりました。
するとKさん、
突如立ち上がったかと思いきや、
ワイシャツのボタンを上から外し、
バッと胸を開いたではありませんか!
まるでスーパーマンです。
そこにSの文字はなく、
アイゼンハワーの絵がでかでかと描かれていました。
アイゼンハワーは1890年に生まれていますから、
今年は生誕120周年にあたります。
そういう意味も込め、原稿を執筆し、
Tシャツを作って自らを鼓舞しているのかもしれません。
そこにいた専務イシバシ、武家屋敷は、
男性がいきなり立ち上がりシャツのボタンを外し、
胸をはだけたものですから、
口に手を当て、あわわ、あわわと眼を白黒させています。
ぼくはといえば、
Kさんのアクション、Tシャツがすっかり気に入り、
「先生、本が出来たあかつきには、
マスコミに持っていって、
今みたいにバッ! と胸を開いたらいいですよ。
絶対にウケます!」
なんだか、とってもたのしく、
うれしくなりました。

 長靴を笑はれ怨めし天気予報

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静

 

 入梅や天気予報当たりけり

営業で大学回りをしているものあり、
著者との打ち合わせに出かけているものあり、
代休を取るものありで、
会社にいる人数が極端に少なく、
いたって静かな一日でありました。
注文の電話がもうちょっとあってもいいかな、
とは思いましたけれど、
仕事がはかどることこの上なし!
お香をくゆらしたりすると、
自分のいる場所が寺か会社か分からないぐらい。
なんてこともありませんが。
『法隆寺』の著者・青江舜二郎の妹さんの同級生(!)
という方から電話がありました。
注文していた『法隆寺』が届いたお礼の電話でした。
電話に出たものの話によれば、
電話を下さった女性、
今年九十五歳とのことですが、
いたって元気、パキパキとよくお話される方だったとか。
電話を切った後その報告を受け、
水面にポチャンと小石が投げられ、
波紋が広がるような、そんなふうに
部屋の空気が変わるのを面白く感じました。

 入梅や競馬よりマシ天気予報

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表現の道

 

 夜灯下に人なし梅雨の気配せり

佐々木幹郎さんの近著『旅に溺れる』の最後に、
お父様の話が出てきます。
九十一歳でお亡くなりになりましたが、
お父様の若いときの歌を佐々木さんがまとめ、
『夕まけて』というタイトルの歌集を編み、
ご命日に出版されたそうです。
お父様の節雄さんは若い頃、
前川佐美雄に師事されましたが、
思うところあって、
途中から絵の道に行かれました。
生前、歌集をまとめることについて佐々木さんに
相談なさったことがあったそうですが、
佐々木さんは同意しませんでした。
その辺のところは、
読んでいて、胸に迫ってきます。
愛情こまやかな文章を読みながら、
この頃よく思う、
三代百年のことがまた脳裏をかすめました。
というのは、
言うまでもなく佐々木さんは厳しい表現の道で
ずっと精進してこられ、
詩人として名を成しておられますが、
『旅に溺れる』を読み、
お父様も表現の道で生きておられた方だと
初めて知ったからです。
わたしの周りを眺めても、
写真家の橋本照嵩さん、
画家・デザイナーの矢萩多聞さん、
映画監督の大嶋拓さん、それぞれ、
ご両親、祖父母の代から何らか表現の道をこころざし、
表現していた、していることが分かります。
表現の道は厳しく、
いのちを刻むような行為かもしれませんが、
それだけに、
三代百年の道の今日と思うことも大切なのではないか。
そんなことを思いました。

 黴避けて四十五度の風呂に入る

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読書三昧

 

 紫陽花や飯の炊けたる匂ひせり

まず一冊目は、バルザック『従姉ベット』。
『ゴリオ爺さん』『幻滅』『浮かれ女盛衰記』と
読んできての四作目。
こころの美しい人は死ぬまで美しく、
底意地の悪い人間はまた死ぬまで底意地悪いという、
まさに「人間喜劇」であるなと納得。
きのうから『従兄ポンス』に突入!
二冊目は、小林信彦『小説世界のロビンソン』。
これは、以前面白く読んだ本ですが、
古本屋に売ってしまい手元になく、
ネットで検索したら1円で(!)出ていましたので、
すぐに注文し入手したもの。
一気に読了。
この人の小説のとらえ方は共感するところが多く、
また、引き合いに出される作品の好みも似ていて、
そうなるともう、本を擱く能はずで、
気が付けば最後のページ。
本についての本としては、相当好きなのに、
なんで売り払ってしまったのか、
自分でも不思議。
三冊目は、佐々木幹郎『旅に溺れる』。
いろいろな媒体に発表してきたものを
一冊にまとめたエッセイ集で、
春風社関係は、
「春風倶楽部」から二点、
山本真弓『牡牛と信号――〈物語〉としてのネパール』
から一点(同著の序文)収録されています。
書名も、
「春風倶楽部」にご寄稿いただいたエッセイと同じですから、
一段と親しみが湧き、うれしく思いました。
『小説世界のロビンソン』とはちがった意味で、
ぐいぐい読まされ、特に、
双子の弟さんが沖縄で倒れ、
すぐに飛行機で駆けつけ見舞ったときのお話「17ccの血」
の中の、
「わたしはそのとき、一瞬にして覚悟したのだった。
彼がこのままの麻痺の身体でいることを神が望むなら、
わたしはその半身になってやろう、と。」
の文章は、弟さんを思うこころが伝わってきて、
涙なしには読めませんでした。
以上、本と旅した二日間でした。

 天仰ぎクワガタ六脚うごめかす

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