十一年ぶり

 

 思い出はくたりと哀しホタルイカ

以前勤めていた出版社の同僚から電話がありました。
インターネットで「ヨコハマ経済新聞」を
たまたま読んだそうです。
電話してくれたことが、ありがたい。
今は、組版の会社でDTPの仕事や
営業の仕事で外回りをしているのだとか。
話しているうちに、
彼の話しぶりの特徴が思い出されて、
愉しくなりました。
本を読んでいても、このごろ思うのですが、
意味は意味として、それよりも
言葉の周辺が愉しく味わい深い気がします。
文字も話し言葉も、
むしろ、記されない話されないことへの想像が、
働いて力あるのでしょう。
また主体としては、
書かないこと、話さないことを大事にしたいがために、
書いたり話したりするような気もします。
今度横浜で一杯やることになりました。

 裏参道空から湧くや夏の雨

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夢

 

 息切らしジュンブライド睨みをり

横浜駅で偶然、
小学三年生のときの担任に会いました。
顔を真っ赤にして、ガハハ、ガハハと笑いますから、
まぎれもなくK先生です。
先生と二人で保土ヶ谷まで歩くことにしました。
先生は、けっこうお歳を召しておられるのに、
大股で、歩くのが速く、
遅れまいとしているうちに、
ぼくはだんだん汗が滲んできました。
川べりで、獲れたての貝を大量に茹でていました。
先生は、近づいていって一袋買っています。
売っているおばさんたちと、
なにやら話しています。
買ったばかりの貝の身を
爪楊枝でくるりと引き出し食べた先生に向かい、
おばさんは、
「どうじゃ。美味いだろ?」と訊きました。
「美味い。美味い」と先生。
先生は、よほどその貝が気に入ったらしく、
なかなか動こうとしません。
周りにだんだん人が集まってきて、
いろんなことを訊いてきます。
先生は、自分のことよりも、
ぼくのことを紹介し始め、
出している本の宣伝までしてくれています。
ぼくは、心の中で、
この辺の本屋にウチの本は向かないんだけどなあ、
と思いました。
案の定、「へ~、そうですかあ」
みたいな雰囲気がただよってきました。
それでも先生は諦めず、
本屋の中に入っていってしまいました。
ぼくはケータイで家人に電話を入れ、
これから先生と二人で家に行くことを伝えました。
ところでK先生、
なかなか本屋から出てくる気配がありません。
心配になり本屋に入ると、
先生の姿はどこにも見当たらず、
店長らしき女性に訊いたら、
先生は、これから四国を訪ねざっと一周し、
夕方また横浜に戻ってくると言い残して
出かけたというではありませんか。
先生は、どうやって四国を一周し、
また横浜に戻ってくるつもりなのだろうと、
不思議に思いました。
先生に尋ねても、おそらく、
ガハハ、ガハハと
顔を真っ赤にして笑うに決まっています。

 首筋を嘗めてぞろりの夏の雨

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オヤジ飛び出す!

 

 夏風邪やティッシュペーパー山となり

きのうの昼のこと。
いつもは蕎麦やうどんをいただいている
太宗庵に向かいながら、
「今日はカツ丼を食うぞー!」と
心に決めていました。
なぜならば、
おととい、わたしの目の前の客がカツ丼を食べていて、
それがとても美味しそうに見えたからです。
また、わたしはここ数年、
カツ丼を食べていないことにハタと気が付きました。
よーし! というわけで、
舌なめずりしながら紅葉坂を下っていると、
運悪く、ケータイが鳴りました。
カメラマンの橋本さんでした。
高調子で声がでかいのは、橋本さんの常。
負けず嫌いのわたしの声もつい、でかくなります。
歩きながらのことで、
オートバイや車が通りますから、
負けじと余計に声が大きくなります。
前を歩く数名が振り向いてわたしを見ました。
そんなの関係ねー、といった具合で、
さらに大きな声で話していたら、
老舗の御茶屋の隣の家の戸口がガラガラ開き、
初老の男性が、驚き顔で躍り出て、
わたしの顔をまじまじと見ています。
路上でケンカでも起きたのかと思って、
飛び出したのかもしれません。
あのときのわたしのこころを振り返ってみれば、
カツ丼を早く食べたいばっかりに、
電話の話を一秒でも早く切り上げようと、
でも、伝えなければいけないことを確実に伝えんとし、
それで、ますます大声になっていったのだと思われます。
それはともかく。
カツ丼、美味かったー!!

 夏風邪や鼻にバキューム欲しくなり

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さなぎ

 

 夏風邪さん鏡の我の鼻毛かな

きのうのことです。
と断らなくても、ここに書くのはだいたい
きのうのことをネタにしているわけですけれども、
それはともかく。
会社の帰り、性懲りもなく、
また横浜駅西口にあるヨドバシカメラに寄って、
デジカメプリントを三枚出力してきました。
三回も行っていますから、
この頃は、
動作がすっかり板についてきた気がします。
今回のは、
近所のひかりちゃんへのプレゼント用。
保土ヶ谷の急な階段を一気に駆け上がり、
鞄をいったん家に置いてから、
その足でひかりちゃんの家まで直行、
ピンポーン! こんばんは。これ。
ありがとう。
玄関口で渡して回れ右。
階段をスタスタ下りていると、
上から、トントントントントンと音がしました。
あれっ? なんだろう?
見ると、りなちゃんでした。
「みうらちゃん、さなぎが蝶になったんだよ」
学校で飼っている、
と前置きがあったようにも思いますが、
正確に覚えていません。
「蝶になったか!」
りなちゃんは、とてもうれしそうです。
さなぎが蝶になったことを目撃したその興奮が
直に伝わってきます。
モコモコ動いていた青虫が、
いつの間にかさなぎになって動かなくなり、
死んでいるのかな?と思いきや、
そんなことはなく、
やがて、
華やかな蝶に変身して空を舞うのですから、
ビックリです。
教えてくれてありがとう。
「朝ね、ゴミ出しをしたとき、
クワガタムシを見つけたよ…」
じゃあ、またね。バイバイ。
バイバイ。

 夏風邪に曳かれ湯舟の思考かな

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思い出の本

 

 緑さす俺の名前を菊名てか

いただいた図書カードが残っていましたから、
休日出勤の仕事が一区切りついて、
いい気分で家へ帰る途中、
久しぶりに横浜ルミネ五階にある有隣堂に向かいました。
マルカム・ラウリーの『火山の下』が
新訳で出ていましたので、さっそく購入。
わたしはこの本を、
長田弘さんの『読書百遍』で知りました。
キラキラするような本を
長田さんが紹介してくれているのですが、
どれも読みたくなるような書き方で、
わたしは『読書百遍』の巻末のリストに
鉛筆で○を付けながら読んだ記憶があります。
『火山の下』はその中の一冊でした。
かつては『活火山の下』と訳され、
長田さんも、
その日本語タイトルで紹介していたはずです。
当時、新刊では売ってなくて、
古本屋などを探しましたが入手できずにいたところ、
師匠・安原顯さんの書棚で見つけ、
借りて途中まで読み、
安原さんの感想を聞くこともなくお返ししました。
新訳で、
今度はちゃんと最後まで読もうと思います。
もう一冊買ったのは、
西岡兄妹の傑作『この世の終りへの旅』。
これは以前、
横浜駅のダイヤモンド地下街にある
有隣堂のマンガ本コーナーでたまたま目に付き、
ぱらぱらめくっていたら、面白そうで、
しかも、ひょいと見たら、
解説を、あの中条省平さんが書いているではありませんか!
というわけで、さっそく購入し、
すぐに読んだ本です。
ほかの西岡兄妹の本は今も持っているのに、
これだけが見当たらず、
欲しくなって、買いました。
思い出と合わせて買って、
図書カードの残が485円になりました。

 清水吸ふ田芹の甘さ苦さかな

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いい本は売れない!?

 

 衣更へしてハンカチ忘れをり

本の業界では、
「いい本は売れない」ということが
まことしやかに言われてきました。
売れなくても、いい本をつくっているんだぞという、
自己満足と慰めの意味もあるのかもしれません。
きのう、ある大学の先生から電話がありました。
国立大学の学長をされた方で、
今は、私立の大学で教鞭をとっておられます。
先生とは、もう三十年来のつきあいになります。
「最近はどうですか?」と先生、おっしゃるから、
「今年は、電子書籍のことで大賑わいですが、
ウチとはあまり関係ないみたいです。
いまにきっと飽きて、
紙の本にみんな戻ってくるような気がします」と
申し上げたら、
先生「わたしも全く同感です」。
先生と話すのは楽しいので、
わたしは調子に乗り、
「いい本は売れないと、
業界ではジンクスのように言われてきましたが、
売れる売れないの境界の冊数がいかほどか
分かりませんけれど、
十一年会社をやってきて、
体験的に言えるのは、
いい本はドバッとは売れないけれども、
ポツリポツリと途切れずに
売れていくものだということです」と申し上げました。
する先生、間髪入れずに、
「そうだろうな。
三浦君の会社が潰れずにいるんだから」。
ここでわたくし、呵呵大笑。
先生も電話の向こうできっと微笑んでおられたことでしょう。
以前、先生に向かって、
「先生は口が悪いなあ」と申し上げたら、
「そんなことはないよ」と否定されました。
わたしは、「本当のことを言う人を、
世間では口が悪いというみたいですよ」と
食い下がりました。
すると、先生、「なるほど」。
今、先生の本を編集しています。
ポツリポツリと売れていく本になるでしょう。

 水三杯飲んでそろそろ梅雨となり

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南伸坊さん

 

 ゴミ出しの空を見上げて衣更へ

『三島のジャンボさん Mr.グラウンドワーク』の
装丁を南伸坊さんにお願いし、
引き受けていただきました。
FAXで概要を伝え、
しばらくして電話をかけました。
口頭であいさつをしたあと、
「南さんにお原稿をお願いしたことがございました」と
告げると、
「どんな内容の原稿でしたか?」とおっしゃいますので、
「弊社の目録新聞の特集「活字と本」の
原稿をお願いしたのですが、断られました」
とお答えしたところ、
「あはははは…」と呵呵大笑。
こっちまで、
つられて大笑いしてしまいました。
電話でのことでしたが、
しかも仕事の緊張した話なのに、
一気に緊張がほぐれ、
なんだか、とても愉快でした。
ちょうど南さんの近著を読み終わったところでしたから、
余計お人柄が偲ばれました。
三島のジャンボさんは、
体も大柄で、
大黒様のようなありがたい感じの人です。
のっし、のっしと歩きます。
活動の合言葉は、
「右手にスコップ、左手に缶ビール」といいますから、
大黒様が長靴履いて、
右手にスコップ、左手に缶ビールのイメージで
どうでしょうかと南さんにお願いしました。
どんな装丁になってくるか、
ワクワクします。
ちなみに、わが社の専務イシバシ、
ある時、「大福、大福」とさかんに言いますから、
何を言っているのかと思いきや、
大黒様と言いたかったようなのでした。
夕方のことでしたから、
そろそろ腹が減ってきていたのでしょう。

 衣更へしてハンチング選びをり

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