活版印刷

 

 ゴトンゴトン冬の銀河を走りぬけ

宮沢賢治の『銀河鉄道の夜』のなかに、
ジョバンニが活字を拾う(文選)
アルバイトをする場面がありますが、
あの行程を経て文字を印刷することを活版印刷といいます。
活字を並べた版を印刷するから活版印刷。
猫のキャラクターが登場する同名の映画のなかでは、
ジョバンニが活字を拾っているとき、
ゴトン、ゴトン、ゴトンと
印刷機の音が低く鳴っていますが、
この音は、
ジョバンニが列車に乗ったときに聞こえてくる
車輪の音でもありました。
賢治は印刷所でアルバイトをしたことがありますから、
耳に残っていた印刷機の音が
銀河鉄道への想像力を飛翔させたのではないでしょうか。
紙に印刷された文字は、
宇宙へとひとを運んでもくれます。
今回、
自著『父のふるさと秋田往来』をつくるにあたり、
現代では極めて珍しくなった活版印刷の方式を採用しました。
担当してくださったのは内外文字印刷(小林敬社長)さんです。
一年かけてつくった本がようやく出来上り、
小林社長に届けて参りました。
涙を流して喜んでくださいました。
小林社長の言葉には、
活字への愛があふれています。

 嬰児籠の父のまなこに雪の降る

101202_0540~0001

爪楊爺

 

 本届け夜のネオンの師走かな

昼に食べに行く店で必ず会う爺さんがいます。
わたしは不定期に、
週一ぐらいのペースで行きますが、
爺さんはどうも毎日行っているようです。
いつも同じカウンターの端っこに陣取り、
自分でグラスに水を入れて飲み、
手の届く距離にあるラックから
その日の新聞を取って読んでいます。
わたしはなるべく爺さんが視界に入らぬようにします。
なぜなら、
爺さんは恐るべき爪楊枝使いだからです。
歳をとって嫌なことのひとつに、
食事を終えた後で爪楊枝を使うことだと言った先輩がいました。
高校で教師をしていた時のことです。
その先輩は英語の教師でした。
白髪のきれいな、
紳士然とした大人しい人でした。
そんなものかなあと聞いていましたが、
わたしも、
いつの間にか爪楊枝を使う年齢になりました。
ところで、
くだんの爺さん、
食事を終えたとなると、
口を覆うことなく、
あからさまに、傍若無人に、
これでもかと言わんばかりに、
ぐいぐいぐいぐいぐいぐいぐいぐい、
しーはーし-はー言いながら、
歯の間をほじくります。
ほじくり返すといっても過言ではありません。
避けようとしても目に入ります。
たまりません。
すっかり食欲が失せてしまいます。
爺さんと背中合わせに座ればよさそうなものですが、
正直に言うと、
怖いもの見たさからか、
つい見てしまう、
見たくなる自分もいます。
こんなところにも、
人間の業が隠れているのでしょうか。
それはともかく、
わたしはこの爺さんのことを爪楊枝使いの爺さん、
爪楊爺(つまようじい)と呼ぶことにしました。

 赤羽の尺八消えし冬の月

101127_1142~0001

小食は金なれど

 

 棒洟を拭い遊びし冬の子ら

小食は金と悟ったので、
ココイチのカレーを食べに行った昼、
いつもなら、
野菜カレーにイカの唐揚げとソーセージを
トッピングしてもらうのですが、
ソーセージは我慢し、
イカの唐揚げだけ載せてもらうことにしました。
ゆっくり味わって食べました。
なんだか少しだけ大人になった気分です。
ほんのちょっとしたことで、
人生観が変ります。
一日の仕事が終り社を出たら、
無性に腹が減っています。
どうしたんだろう?
こんなに腹が減って。
はたと気付きました。
そうか。
ソーセージを載せなかったからだ。
そう思ったら、
ますます腹が減り、
ひもじくさえ感じてきました。
人生観も何もあったものではありません。
保土ヶ谷駅で電車を降り、
コンビニに直行。
このあいだ買って帰って、
家人に全部食われてしまったカルビーのポテトチップス
「こだわりのバター味」を買い、
歩きながら袋を開け、
一枚口中へ。
と。
うっめー!!!!!
目に花びらが舞うほどの美味しさです。
袋に「とまらない美味しさ!」と書いてあります。
然り!
保土ヶ谷橋の交差点を渡り、
急な階段を上って家に着く頃には、
袋はすっかり空になっていました。
夕飯を食べ、落ち着き、
己の未熟を身をもって知りました。

 雪見れば雪しんしんと降り積もり

101130_0515~0001

小食は金

 

 鱈ちりの白子食ぶ子の頬紅し

料理を美味しくいただくというのは、
人生の大きな喜び、
二番、いや一番かもしれません。
腹八分目が健康にいいと言われても、
実践するのはなかなかむつかしい。
この週末、
ハタハタ料理を鱈腹食べたら、
翌朝、首筋から背中が凝っていました。
あれ? と思いました。
どうも食べ過ぎによって胃が働きつづけ、
周辺の筋肉にまで疲れが残ってしまったようです。
そんなことがあり、
昨日は昼に少し食べただけで、
夜は食べずに寝たところ、
今朝はすこぶる体調がよろしい。
小食は金であることを身をもって知りました。

 大鍋に鱈を浮かべて海来り

101127_1142~0002

クギラ?

 

 気功して冬の迷ひを断ち切りぬ

行きつけのお店のカウンターに、
お酒の壜が置かれていました。
ラベルには水しぶきが飛んできそうなクジラの絵。
と。
下にアルファベットが記されています。
KUGILLA
ふむ?
クジラと読むんでしょうか?
どうも、クギラと読みたくなります。
ゴジラがアメリカで映画化されたときは、
GODZILLA
これにならえば、
KUDZILLA
カタカナ表記すれば、
クッジーラみたいなニュアンスでしょうか?
でも、これはこれで、
日本の古式捕鯨からは離れていくような…。
江戸の狂歌師・大田蜀山人は、
いさなとる 安房の浜辺は魚偏に 京という字の 都なるらん
と詠んでいますから、
KUGILLAにしても
KUDZILLAにしても、
日本の鯨とは違ったものになりそうです。

 あら汁の小骨刺さって焦りけり

101122_1211~0001

バルザック

 

 冬空や雲なく何もしたくなし

バルザックといえば『人間喜劇』。
東京創元社から全二十六巻の全集が出ています。
いまは、これを読むのが何よりの楽しみ。
続けて読むうちに、
喜劇の意味が少し分かってきた気がします。
悲劇的な人生が悲劇的過ぎて、
笑ってしまいますから。
意地の悪い奴はどこまでも意地悪く、
女好きは、
女房がそのために命を短くしたというのに、
とことんやっぱり女好き。
このごろ、
編集長のナイ2くんが古書店で全集を購入し、
朝読を始めたので、
二人で、ああだこうだと言いながら、
バルザック論議に花を咲かせています。
バルザックについて、
ふむ、
なんだかドン・コサックみたいで強そうだな、
と言ったのは畏友・渡辺郁夫くん。
なるほど!?
言われてみればたしかに。
バルザック。ドン・コサック。
どちらも「ック」で終っている、てか。

 電話切り机上の寒さ眺めをり

101118_1847~0001

ハングル仏典の粋

 

 つるつると乳房眩しき銀杏の実

今月19日付『週刊読書人』に
「ハングル仏典の粋『釈譜詳節』」と題し、
訳者である河瀬幸夫先生の文章が掲載されました。
経済行為のみがもてはやされがちな現代、
インドから始まり世界に広まった仏教を、
国の礎にしようと努力した
先人たちの業績に触れることは、
悠久の価値へのいざないとも感じられます。

 冬晴れのいのち繋ぐやおんな展

101118_0853~0001