踏絵

 

・春の雨受けて華やぐ傘の色

映画作家の大嶋拓さんが拙著『石巻片影』を
自身のブログに取り上げてくださった。
大嶋さんは、
この本が東日本大震災に向き合うための
いわば「踏絵」であったと記している。
踏絵とは?
わたしがへたな要約をするよりも、
ぜひ元文についていただきたい。
(コチラです)
大嶋さんの文章を何度か読んでいるうちに、
学生のころ、
マルクスの『資本論』を読んでいたことを思い出した。
わたしのアパートに経済学部の学生が3人、
(4人だったかもしれない)
オルグと称して押しかけてきた。
マルクスがどうの、
レーニンがどうの、
今の時代がどうの、
学生のあるべき行動はどうの、
行き着くところ、
ある学生集団への勧誘だった。
話しているうちに、
彼らが『資本論』をまともに読んでいないことに気づいた。
寮の先輩の勧誘を断り切れずに、
そのような活動をしていることが見えてきた。
わたしが彼らの誘いを断ったのは言うまでもない。
最初から寮の先輩の話をしてくれたら、
むしろ心を動かされたかもしれない。
わたしは、
これが正しい行いだとして
特定の行動を強制するのも、されるのも嫌いだ。
そこにウソが入っていたらなおさら。
納得すれば、強制力を働かさなくても動くのが人間だと思っている。
個性は文字どおり一人ひとり違っている。
…………
大嶋さんが、
自己防衛のために震災関連の情報を遮断してきたのに、
拙著のページをゆっくりゆっくり
めくってくださったことがありがたく、
文末の
「私もやっと、あの震災を現実と認識し、
そこから一歩を踏み出す決心がついた気がする」
には手を合わせたくなった。

・笹舟の浮かぶ瀬もあろ春の風  野衾

香料

 

・見下ろして桜ぽつぽつ掃部山

街を歩いていていまいちばん困るのは匂い。
体調を崩してからいろいろ変化があり、
匂いに敏感、
というか、
過敏になったのがそのひとつ。
体調は旧に復しつつあるのに、
匂いだけは鼻についてたまりません。
とくに、
女性の髪の匂いと、
洗剤の匂いにやられます。
自然の花の匂いに似せて作られた匂いなのでしょうが、
どうしたってそれは似て非なるもの。
とは言い条、
まさか見も知らぬ女性に向かって
文句を言うわけにもいかず、
だまって遠ざかるようにしています。
昨夜、
疲れた体を引きずり
自宅近くの階段を上っていたとき、
不意にあの洗剤の臭いが鼻腔を刺激し、
街全体が、
地球を取り巻く大気全部が
香料に覆われている錯覚にとらわれ、
クラクラッとなりました。

・はるうららすることなきをしてゐたし  野衾

青りんご

 

・時期遅れ区の掲示板春うれひ

急にりんごを食べたくなると、
家人に頼んだり
自分で買ってきたりするものの、
このごろは、
甘さの強いものがほとんどで、
きりりと酸っぱいりんごが少なくなったような気がします。
菊の花のように、
思わず顔を顰めてしまう青りんごが食べたい。

・業終えてどこか行きたし春愁ひ  野衾

辛夷

 

・花辛夷空はますます青くなり

千昌夫が歌ってヒットした『北国の春』にも歌われている辛夷。
ふっくらした花びらの辛夷ですが色も。
さびーさびーと、
つい秋田弁になって歩いているとき、
不意に辛夷の花が目に入り、
見とれることしばし。
下から見上げる辛夷の花は、
大きな空の皿に添えられて美味しそうにも見え、
皿の青はいつもより深く感じられます。

・群青の空に点々花辛夷  野衾

ウェザー・リポート

 

・鶯の歌ややうやう整へり

昭和の抒情歌ばかりを聴いていたら、
なんとなく気分がウエットになってきたので、
ここいらで一発払拭すべく、
さて何か何かとCD棚を物色。
お!
ありましたありました。
『ウェザー・リポート ライヴ・イン・トーキョー』
ビシビシッ、ドカドカドカドカ、バシッ、バシッ、
で、
ドン!
文字じゃつたわらねーー。
1972年1月トーキョー。
わたくし15歳。
生で聴きたかったぜー。
なんて。
その歳で生で聴いても、
ちんぷんかんぷん目を回したことでしょう。

・鉢植えの色を撫でゆく春日かな  野衾

歌の説得力

 

・昼の夢ひねもす海を三月尽

ひきつづき三橋美智也の歌を聴いていて、
はっと思いついたことがあります。
それは歌の説得力。
ふつうなら歌い上げる場面で、
かれはさらりと歌い流す。
肩の力を抜いて
隣にいるひとに語り掛けるように歌います。
かつて美智也の歌を聴いただれもかれもが、
かれの歌に説得され、
ふるさとを思い、
ふるさとに帰ったことでしょう。

・物欲しき夢を覚ませよ春の雨  野衾

パンジー

 

・春眠の味を楽しむ朝ぼらけ

自宅近くの階段そばに一軒の家が建っており、
玄関先にいつも鉢植えの花が咲いています。
四つの鉢に別々の花が植えられてい、
こちらが終わればあちら、
あちらが終わればまたこちらと、
すべての花が終わっているということがありません。
いずれかの鉢の花が咲いています。
先日初めてそこの奥さんと立ち話をしました。
とても喜んでおられました。
今はパンジーが満開。
パンジーのあの模様をじっと見ていると、
だんだんひげを生やしたおやじの顔に見えてくるから不思議。

・春眠や覚めての後の時の砂  野衾