・交差点話す者無し冬の月
『あかぼし俳句帖』二巻読了。
定年まで残すところ五年となった明星啓吾(あかぼしけいご)
が主人公。
いわゆる窓際族で
しょっちゅう煙交(援交でなく)と称し、
喫煙室で煙草を燻らせている。
その赤星が、
行きつけの料理店で俳人の水村翠(みずむらすい)と
出会ったからさーたいへん。
(たいへんてこともないですが)
水村は秋田出身で若くて美人。
とくれば、
おのずとストーリーは見えてくるというもの。
今のところ四巻まででています。
俳句についての
小難しい参考書を読むより
ずっと勉強になる。
俳句に関する決まり事や句会の進行の仕方など、
ストーリーに組み込まれているので、
無理なく覚えられます。
またさらに、
すらすらっと読みながら、
ときどき、
そうだなあ、
そういう時ってあるなあと
しみじみ感じ入ったり反省したり。
今日はこれから三巻目。
二巻目の終わりのほうに、
北鎌倉での吟行句会がでてきて驚いた。
だって、
こないだ北鎌倉に集合し
吟行やったばかりだったから。
・すれちがふ冬の女の匂ひかな 野衾
・はしゃぎ来て公園の秋深まれり
存在と時間てのもありました。
そうでなく。
中村元訳『ブッダのことば スッタニパータ』
を読んでいると、
もうもう、
執着するな執着するなのオンパレード。
考えてみれば、
苦しさのもとはすべて執着、
お釈迦さまはそのことを身をもって知ったのでしょう。
知っただけでなく、
それを捨て、
それから離れることを実行し
実行できた。
ニルヴァーナ。
中村元は「やすらぎ」と訳しています。
ところで。
初めは、
なんだかうるさいな、
わかったわかった、
ブッダのことばをスットバシータ
みたいに読んでいたのですが、
毎度毎度いわれると、
耳タコになり、
だんだんマヒし、
法華の太鼓よろしく
あたりまえのことに思え身に沁みてきた。
そうして
何を思ったかといえば、
泣く子と時間には勝てねーなー
ということ。
時間に勝てるものなし。
エーエンなんてものはない。
勝てるとしたら、
それは人智を超えている。
だから執着したって始まらない。
祈りも繰り返し。
繰り返しに勝るものなし。
バンバゴダーヂーアーヂマレー
バンバゴダーヂーアーヂマレー
(婆たち集まれ)
婆たちだって、
かつては、
はち切れんばかりの少女だったのだ。
子供のころ、
大きな数珠を手渡しながら
輪になって念仏を唱え練り歩く老婆たちを
ちょっとこわごわ見ていた
ことを俄かに思い出しました。
老婆たちを見ていた子供は早初老。
・この本を読んで何する秋の暮 野衾
・冬の蜂ジェイソンのごと揺るぎなし
二週間ほどアルコールを断ち、
その甲斐あって、
右膝の状態がすっかり良くなりました。
が、
ここで飲んだら元の木阿弥。
とは言い条、
ビールを一気に飲み干すときの
あの喉ごしの爽快感というものはなかなかに捨てがたい。
けど、
ビールは飲めない。
しかし爽快感には未練あり。
でも飲め…
しつこい。
。
そこで一計を案じ。
牛乳があるじゃないかあ!!
むか~しむかし
陸上部で汗を流していたころ、
部活終了後に
けっこう牛乳を飲んでいた時期があった。
ありました。
それを思い出した。
ゴクッゴクッゴクッ、
グビッグビッグビッ。
水でもよさそうなものですが、
水だとそうはいかない。
おそらく、
ほんの微かの粘着力とでもいうのか、
それがいいのでしょう。
ということで、
久しぶりに牛乳飲んでます。
・おしめえよそれを言つちあ蜜柑むく 野衾
・七五三晴れ着の笑みの前歯無し
ひらのこぼさんの俳句入門書は、
肩が凝らず、
わかりやすく、
面白いので
これまで数冊読んできましたが、
いままた『俳句開眼100の名言』を読んでいます。
むずかしい翻訳のぶっとい本を読み
肩がガッチガチになった時など、
一服の清涼剤として最適です。
きのうの夕刻、
また肩が凝ってきましたから、
重い翻訳書を傍らに置き、
『俳句開眼~』を手に取り、
栞のところから読み始めると、
秋元不死男の
こんな句が紹介されていて、
思わず声を出し笑ってしまいました。
○火だるまの秋刀魚を妻が食はせけり
焦げすぎの~とか、
焼けすぎた、
ではなく、
火だるまの。
ぼわっぼわっと炎まで見えるよう。
火だるまになった秋刀魚
を眼にしたときの
作者の貌まで目に浮かびます。
・吟行や山を粧ふ友のこゑ 野衾







