とくに理由はないけれど

 

高校時代、世界史を教わった先生(お名前を失念してしまいした)
のことで、
記憶に残っていることが二つあります。
そのひとつが、バブーフ。
バブーフは、
フランス革命期の革命家で、共産主義者。総裁政府転覆の陰謀を企て、
1796年に逮捕、翌年処刑された。
と、
辞書的にはそういうことになりますが、
世界史の先生、
バブーフを何度も何度も、そんなに口にする必要があるかと思うぐらい口にしました。
しかも、よく聴いていると、バブーフの「バ」と「フ」のあいだに、
促音の「ッ」を入れ、バッブーフと発音した。
バッブーフ、バッブーフ、バッブーフ、バッブーフ。
いま思えば、
「バ」も「ブ」も唇を触れ合わせて発音するので、
「バッブーフ」は、唇が微妙にバイブレーションし、気持ちよかったのではないか。
その先生のもう一つの思いでは、
修学旅行の際(京都の何寺か忘れてしまった)、
弥勒菩薩について先生に質問した際のことですが、
きょうのこのブログの主旨から離れますので、
世界史の先生に関しては、バッブーフひとつで切り上げます。
つぎに、詩人の西脇順三郎。
西脇さん本人が書いていたのか、西脇さんについて他のだれかが書いていたのか、
忘れましたが、
西脇さんは、「労働問題」がお好きだったとか。
「労働問題」が好き、というのは、変な言い方ですけれど、
中身のことでなく、
音の響きとしての「ロードーモンダイ」。
意味をとりあえず取っ払って、
ロードーモンダイ、ロードーモンダイ、
さらに、
ローードーーモンダイ、ローードーーモンダイ、
というふうに発音すると、
キレがよくなり、たのしさが倍増します。
西脇さん、きっと、そんなことを体感していたのではないかと想像します。
最後に、
わたし個人のことですが、ボガズキョイ。
トルコのアンカラ東方にあるヒッタイトの王宮址の名称ですが、
わたしにとりまして、中身よりも響き。
ボガズキョイ。
口にすると、気持ちがいい。ボガズキョイ。
「ボ」も「ガ」も「ズ」も濁音なのに対し、「キョイ」はシュッとしている。
「ボ」と「ガ」と「ズ」を意識的に強く発し、
「キョイ」は小さく「キョイ」。
ボガズキョイ。
世界史の先生にとっての、バッブーフ。西脇順三郎にとっての、ローードーーモンダイ、
わたしにとってのボガズキョイ、
共通しているのは、口にするときの、
音の響きの心地よさ。
世界史の先生と西脇さんには確かめようがないけれど、
おそらく、
そういうことだったのではないか。

 

・正月の悲と喜を黙す故郷かな  野衾