山菜の季節になると、かならずといっていいほど思いだすエピソードがあります。
それは、わたしが直接体験したことではなく、
祖母からきいた話。
わたしの父がまだ少年で、祖母も若く、
いっしょに山菜を採りに山に行ったときのこと。
東北地方の山菜で「あいこ」があります。ミヤマイラクサのことで、
わたしの地域では「あいのこ」
と呼んでいました。
平地に生えていることもありますが、きつめの斜面に生えていることもあります。
祖母は山が好きで山菜採りの名人と呼ばれていました。
なので、
山のどこに行けば、ほしい山菜が手に入るかを熟知していた。
他人に知られていない
なじみのある場所へ行き採っていたとき、
上方はるかに、青々としたりっぱなあいのこを発見。
山の人なら、山菜をよく知っている人なら、
遠目で見ても、
それがどのランクの山菜なのかが分かります。
祖母にはそれが分かった。しかし、
山歩きの得意な祖母でも、
その斜面を登ることはためらわれた。
首をななめにして見上げる祖母の視線の先にあるあいのこを確認した父は、
やにわに斜面を登りはじめた。
「やめれ、やめれ! あぶねがら」と祖母。
危ないからやめなさい、と注意されても、やめるような父ではない。
「おいだきゃ、んが!」
おれをだれだと思っているんだ。こんな斜面、屁でもないさ、
というような啖呵を吐いてどんどん登っていった。
と、
目指すあいのこが生えている場所に至る直前、
ずるずる、ごろごろごろ、どさり、と土まみれになって落ちた。
「ほら、みれ。んだがら、言ったべ」
若い父を祖母は、叱ったか、笑ったか。
おそらく大口を開いて笑ったのだと思います。
祖母からなんど聞かされたか分かりません。
そのたびに、父さんらしいなぁ、
と思ったものです。
「三つ子の魂百まで」のことわざどおり、
父の「おいだきゃ、んが!」精神は、
その後も父にながく棲みつくことになりました。
・強風に逆らひて行く夏帽子 野衾