石井桃子さんの好み

 

「私がこれを編集している頃、すでに『プー』を知ってたと思うんですけど、
ユーモアとかそれから別の……つまり価値っていうようなものを、
できるだけ入れてもらいたいと努力しても、
なかなか認めてはもらえなかった……。
たとえば獅子文六っていうような人は、
山本さんとはまた別種の人間じゃないかと思いますね。
いえ、
ただ、私が獅子文六を愛読したってだけの話ですが、
世の中に残るのは『路傍の石』なのね。
でも、
私はあまり高く評価しない……。
なんだか、もう考えに考えた末に、作り上げた小説って気がしましてね、
心の中から湧いてきたっていう小説じゃない。
どれもテーマが先にあって、
それに衣を着せたような、そんなふうな感じがしてしようがないの」
(尾崎真理子『ひみつの王国 評伝石井桃子』新潮社、2014年、pp.189-190)

 

石井桃子[編・訳]の『ギリシア神話』が面白かったので、
石井さんに興味を持ち、
尾崎真理子さんがまとめた評伝を読んでいます。
石井さんの本や他の人の本からの引用もありますが、
「  」でくくられた文は、
石井さんの晩年、
尾崎さんが直接石井さん本人にインタビューしたもの、
とのことです。
引用文中、
「これを編集している頃」の「これ」とは、
新潮社からだされた「日本少国民文庫」に入っている「世界名作選」。
「日本少国民文庫」は、
「山本有三先生総編集」と銘打たれていました。
ところで、
わたしが「石井桃子」の名前を意識したのは、
バージニア・リー・バートンの二冊の絵本、
『ちいさいおうち』と『せいめいのれきし』の翻訳者として、
だったかと思います。
子どものときでなく、もう、おとなになっていました。
子どものころ、
本も絵本も読みませんでしたから。
尾崎さんのこの本の巻頭に、
石井桃子のことばとして、
「大人になってからのあなたを支えるのは、子ども時代のあなたです。」
とあり、
グッと胸にこたえ、
また、ホッとしました。
だって、もしも、
「大人になってからのあなたを支えるのは、子ども時代に読んだ本です」
なんて言われたら、
取り返しようがありませんから。

 

・春光や鳶旋回のゆるゆると  野衾