「は」と「が」の違い

 

つまり「は」という助詞を提題の助詞だというわけは、
「は」の本質は、その上の部分に問題として出すのだということです。
そして下に答を要求しているんです。
問題として出すからには、
その問題ははっきりわかってなきゃ困る。
だから、
「は」で受ける上の部分はすでにわかっていることとして取り扱う。
そして「は」の下に未知の答を求める。
提題というのは、そういうことなんですね。
だから既知とか未知とかいう言い方で「は」を説明すれば、
題目として、問題として出す以上は、
その部分は既知扱いとなる。
そして「は」の下のところへくるのが未知の答なんで、
答というものはいろんな、
さまざまのいい方ができるもの、
つまり、新しく提供される情報でしょう。
つまりわかっていること(既知扱い)とわからないこと(未知扱い)とを
組み合わせて、
一つの言語表現をする。
それが日本語の「は」の構文の本質なんです。
(大野 晋・丸谷才一『日本語で一番大事なもの』中公文庫、1990年、p.212)

 

この箇所を読み、すぐに、あるテレビ番組を思い出しました。
それは、
「サンドウィッチマン&芦田愛菜の博士ちゃん」
いろいろなジャンルのものに興味を持った子供たちが登場し、
じぶんの好きな世界を紹介していきます。
おもしろくて、
このごろよく見ます。
番組中、
「博士ちゃん」がサンドのおじさん二人と愛菜ちゃんにクイズをだす場面があります。
たとえば、
スタジオに宝石三個を用意し、
一個は20万円の物、一個は300万円の物、一個は宝石にまねて作ったガラス製品。
そのなかから、300万円の宝石がどれかを当てる
というクイズ。
そのとき「博士ちゃん」は、
「一個300万円の宝石は~~~?」
とことばを発します。
宝石の問題に限らず、
どの「博士ちゃん」も、クイズをだすときには、
「○○のものは~~~?」
と言い、
「○○のものが~~~?」
とは言いません。
宝石の場合でいうと、
スタジオで三個の宝石(一個はガラス)を直接見て触っていますから、
既知ということになります。
疑問に感じることもなく番組を見ていましたけれど、
大野さんの説明と照らし合わせると、
合点がいきます。
ちなみに、
「は」の上は既知、
に対して、
「が」の上は未知、
ということになります。

 

・赤々と夕陽の下の虫の声  野衾