「旅をしていて小さな漁村の風景をみてそこの暮しの匂いをかいでいると、歩けば歩いただけ、
にっぽんって森進一さんの声だなァと思うんです」
とぼくが言った。
どんな夕陽の美しい船着場にも、
けっして歌わない夕陽が沈んでゆき、
いつも暮しのシミをひとつひとつ拾いながら歩いてゆく
ような気がするのである。
「フォークやロックはなぜかお金に余裕のある人の唄のような気がします。
演歌はドン底の人の唄のような…」
と森進一さんは、
彼にしてはめずらしく、つつましく発言した。
「もっと暮しのシミに近づきたいと思ってるんですが」
というようなことを、ぼくも言った。
小室さんの名司会もあって気持のよい対面だった。
(岡本おさみ『旅に唄あり 復刻新版』山陰中央新報社、2022年、p.94)
横須賀にある私立の高校に勤めていたころ、
その最後の年だったと思いますが、
吉田拓郎の「アジアの片隅で」という歌を聴き、衝撃を受け、
テープに吹き込み、
繰り返し繰り返し、ときどき、目頭を熱くしながら、何百回となく聴きました。
なにか、生きる根源にひびいて来るものがあったんだと思います。
人生の分岐点でした。
作詞したのが、
吉田拓郎でなく、岡本おさみであることを、
復刻新版のこの本の存在を知るまで、
知りませんでした。
さっそく買って読みました。
岡本おさみさんという方は、こういう人であったのか、
こういう感性の方が、「アジアの片隅で」を書いたのか…。
森進一が歌った「襟裳岬」の作詞も、
岡本さんです。
上で引用した文章の「小室さん」は小室等。
昭和49年11月のある日に、
TBSラジオのスタジオで森進一に初めて会ったときの対話から。
・右往左往蟻が蠢く残暑かな 野衾