指が打つ

 

・再校のゲラぎりぎりの師走かな

弊社は今日が仕事納め。
一年を締めくくるに相応しいことをと思いながら、
うんうん唸っても
とんと思い浮かびません。
仕方がないので、
目の前の指について書いて終りにします。
このネタ、
数年前も書いたように記憶していて、
もしそうであれば、
ダブることになりますが、
文章までまったく同じということはないでしょう。
年を重ねていますので、
相応に身体感覚やら
脳の具合が衰えているでしょうから。
でありますから、
あ、これ前に読んだことあるという方がおられたら、
ごめんなさい。
さて目の前の指ですが、
何する指かというと、
パソコンのキーボードを打つ指のことでありまして、
わたしは右手の人差し指と中指しか使いません。
右手人差し指と中指といえば、
このごろは、
ATMでの本人認証で用いられるようになり
使用頻度が上がっているとはいうものの、
わたしの場合は
なんといってもパソコンです。
未だにどこに何のキーがあるか記憶していません。
もしテストされたら間違いなく零点です。
なのに、
例えばこの文章も、
いつものように右手二本指でパチパチ打っているのです。
我が指と我が脳ながら、
どういうメカニズムになっているのか、
とんと分からず。
この指の動きを見ていると、
主人であるわたしとは別に、
指先に二つぶの
ちっちゃな数の子みたいな脳があり、
それが勝手に判断して二本の指を動かしている、
というふうにも見えます。
なんとも不思議。
人生には、
どうしてあんなことをしたのだろうと不思議の感に打たれ
思い返すことが間々ありますが、
パソコン入力についても同様、
キーの位置を覚えていないのに、
なんで打つことが出来たのだろうと、
不思議の感に打たれます。
さて弊社は明日より来年一月四日まで冬期休暇とさせていただきます。
五日より通常営業。
どうぞ皆様よいお年をお迎えくださいませ。
指もしばらく休ませます。

・表裏違わぬように賀状書く  野衾

ウイスキー

 

・自らに誇るもの無し年の暮れ

数年前、
保険会社に勤務するふるさとの後輩と
サントリーの営業部長の三人で飲んだことがありました。
そのとき初めて口にしたのが、
シングルモルト・スコッチウイスキーのラフロイグ。
なんだこれはー!!
でした。
だって、秋田の「いぶりがっこ」
と同じ味なんだもの。
ということで、
学生時代の馬鹿飲みガブ飲み
は措いといて、
旨いものだと感じつつ、
舐めるように
たまに嗜んでいたところ、
ウイスキーとなれば
たとえば詩人の佐々木さんの世界で、
その薀蓄の一端を
うかがっているうちに、
ますます美味しく感じられるようになりました。
いわば、
ウイスキーは、
香り楽しみ舌で味わい喉を揺らし知を愉しむ。
楽しみ愉しむことがまこと大事かと。
老いた口の日を嗜んでいると、
クジラの親子が泳ぐ大海原と
黄金の陽が
すぐそこまでやってくるようです。

・歩の下の銀杏落葉の厚さかな  野衾

得した気分

 

・欲いへばきりもなしとや年の暮れ

年の瀬となり、
忙しい日々がつづいておりますが、
皆さまいかがお過ごしでしょうか。
年末年始はふるさと秋田に帰るのが恒例で、
齢のいった両親と食卓を囲む時間もありがたく、
アマノ(地元の方はご存知)で買った刺身なんかを摘まみ、
言葉少なに父と酒を酌み交わしたり。
箱根駅伝をテレビで見るのは
相変わらずの楽しみですが、
このごろは、
近くの温泉の湯に浸かるのがいっそうの喜びで、
首まで浸かりながら
湯気で曇ったガラス越しに
しんしんと降る雪を眺めるのは
まさに極楽。
つらつらそんなことを思い浮かべつつ、
行きつけの床屋に向かいました。
ドアを開けるや、
だーれもいません。
お!
ほんとか?!
横から高らかな「どうぞ」の声。
いつも混んでる床屋に待ち人おらず。
ラッキー!
わたしはいつもカットだけなので、
椅子に座ってからは
十五分とかからぬぐらいなのに、
待たずにやってもらえることはめったになく。
いや、得した気分。
弊社十五周年行事も無事終了。
来年もいいことがあるかと。

・数え日の烏の声に聞き入れり  野衾

詩に笑う

 

・一年も残り十日の命なり

本を読んでいてたまに笑うことがあります。
読書は孤独な作業ですから、
本を読みながら笑うというのは、
ほかから見たら、
かなり変。
なので笑った後では、
湯気の粒粒がゆっくり舞い下りるように
孤独が降ってきます。
笑ったわたしを視ているわたし。
孤独と孤独が向き合って。
てか。
金子光晴の「老薔薇園」

……………
――この痍あとは?
――ペラシェーズの壁よ。コンミュン・バリカードの銃の痕。
私がいたづらな眼をおとして、小高い、かたちのいいさし乳のばらいろのパゴダ
を指でつつくと、
――あたしのサクレキュル(聖心寺)。
といひながら彼女は身をちぢめる。
――もうこれから、どつこへもゆかないね。
私は、うつくしいP孃、まことは氣位のたかい娼婦を抱きしめながらいつたもの
だ。
……………

パゴダとは仏塔のことで、ミャンマーでの呼び方。
乳首を指してパゴダとは。
さすが金子光晴。
女の乳首がパゴダなら、
パゴダは地球の乳首ならん。
修行後痩せ衰えたゴータマに、
スジャータは乳粥を差し出したこともあったではないか。
なんてことを想わないではありませんが、
根が下賤のためか、
「小高い、かたちのいいさし乳のばらいろのパゴダ」
にすぐに反応し、
早朝荘厳な時を劈くように一人
高笑いを発したのでした。
ちなみに、
「さし乳」とは「差し乳」のことでしょう。
母乳で常に張っている「溜まり乳」に対し、
赤ちゃんが飲むときにスッと出るのが「差し乳」
そんなことをわたしが知っているわけはなく、
ネットで検索して分かった次第。
にしても。
乳首をパゴダに譬えるか。
笑わずにいられない。

・テーブルに珈琲カップの裏返し  野衾

千年の時に触れる

 

・凩や千年の祭り降臨す

「春日大社若宮おん祭」に参加して参りました。
事前に情報を仕入れ、
それなり寒くない恰好で臨みましたが、
いやいや寒いの寒くないの。
持参したホッカイロでは数が足りず、
コンビニで急ぎ補充。
ホッカイロのぬくさが
これほどありがたく感じられたことも
ありませんでした。
十七日の深夜午前0時を期し若宮様をお迎えし、
「御旅所(おたびしょ)」という
仮の御殿にご案内します。
これを「遷幸の儀(せんこうのぎ)」といいます。
御旅所までは、
神職たちの「ヲー」という警蹕(けいひつ)の声に和し、
招待客も「ヲー」と発しながら
真っ暗闇のなか参道を随行します。
参道にはいつの間に
どこから現れたのか、
一般参賀の方々が燈籠のように延々と並び、
行列を迎え送り礼を行います。
招待客は観るだけと思っていましたら、
あに図らん、
いつの間にか観られる側にシフトしており…。
時空を超えた壮大な祭りに直に触れる
それはそれは
すばらしい体験でした。
やがて若宮様は御旅所に到着、
丸一日二十四時間の旅をし
(その間、人間は歌舞音曲によって若宮をもてなし
神とヒトとの交感がなされます。
これが祭りのメインイベント、
競馬、稚児流鏑馬、社伝神楽、田楽、猿楽、舞楽などが供されます)
翌日の深夜0時に元の宮に若宮様をお送りします。
これを「還幸の儀(かんこうのぎ)」といいます。
今回が八七九回目。
若き巫女さんたち神職さんたちの眼の輝き、
立ち居振る舞いの若々しいこと
美しいこと。
目を瞠らずにはいられません。
ふだん接する若者とは質が異なりました。

・時降りて春日若宮おん祭  野衾

今どきの若者

 

・シャッターの勝手ながらの文字寒し

昼、とぼとぼと坂を下り、
行きつけの蕎麦屋に入り蒸篭を注文。
出されたお茶を啜りながら
厨房入口上に備え付けられたテレビに目をやる。
選挙結果の報道と解説で、
街頭インタビューに応えているなかに、
黒い帽子を被り、
紅い口紅が映える色白の可愛い女性がいた。
彼女曰く、
「若い人向けの政策がどの党もなく、
興味がない。
わたしの会社でも、
周りの若い人はだれも選挙に行きませんでした…」
なるほど。
言われればたしかに。
アベノミクス解散というわけで、
経済のことばかりが表に出、
若者が興味を持てそうなことはなかったかもしれない。
だから選挙に行かなかったと。
そうだろうそうだろう。
前回の選挙より6%も投票率が下がり、
それも追い風となって
自民・公明圧勝の結果に終った。
紅い口紅が映える
色白の利口そうな可愛い女性の発言は、
もっともらしく聴こえたけれど、
初老のわたしが日ごろ感じている
若者の姿を代表しているようでもあった。
すなわち。
周りが自分に何をしてくれるかが
最大の関心事であり、
無い処に身を挺し、
無い処から作り出していく気概に欠ける…。
がしかし、
何かしてもらうことにばかり気が行っていては、
国も会社も存続は難しい。
国も会社も
年寄りばかりが残ることになりかねない。

11月20日付石巻日日新聞に写真集『石巻』の書評が掲載されました。
コチラです。

本日より十八日まで、
春日大社の「若宮おん祭り」を見学して参ります。
したがいまして、
明日、明後日の「よもやま」はお休みします。
よろしくお願いします。

・社を出でて冬の銀河を探しけり  野衾

落下傘

 

・年の瀬やワックス掛けして滑りけり

金子光晴の詩集『落下傘』の「跋」に、
つぎのように書かれています。

「この詩集は、日本と中國の戰爭が始まつてから、終戰十日ほど前までに書かれた詩のうち、比較的前期の作をあつめたもの。すべて發表の目的をもつて書かれ、殆んど、半分近くは、困難な情勢の下に危險を冒して發表した。
發表に就ては、中央公論の畑中繁雄氏の理解によつて、殆ど共謀で發表を推行した。犬等四五篇は、雑誌社から返された。この詩の役目は一見終つてゐるようにみえて、まだまだ終つてゐないとおもふ。この詩の苦難も、又、これからの事かもしれない。この詩集並びに他の二三冊の戰爭中の詩集を出してから、今後の仕事にかかりたい。この詩集は僕の脊柱骨だ。

昭和二三年一月
著者」

戦時中、危険を冒して書かれた幾編の詩を読み、
最後の跋文を読んで投票所に向かいました。
朝起きて、
パソコンを立ち上げインターネットに繋いだら、
一国の首長のどや顔がでてきました。
例えば詩集『落下傘』は、
役目を終えたどころか、
ますます必要とされている気がします。
そして、
この詩の苦難も真に、
これからのことなのでしょう。

・あれしこれし気のみ急かるる師走かな  野衾

1 / 3123