Archives : 12月, 2014

指が打つ

 

・再校のゲラぎりぎりの師走かな

弊社は今日が仕事納め。
一年を締めくくるに相応しいことをと思いながら、
うんうん唸っても
とんと思い浮かびません。
仕方がないので、
目の前の指について書いて終りにします。
このネタ、
数年前も書いたように記憶していて、
もしそうであれば、
ダブることになりますが、
文章までまったく同じということはないでしょう。
年を重ねていますので、
相応に身体感覚やら
脳の具合が衰えているでしょうから。
でありますから、
あ、これ前に読んだことあるという方がおられたら、
ごめんなさい。
さて目の前の指ですが、
何する指かというと、
パソコンのキーボードを打つ指のことでありまして、
わたしは右手の人差し指と中指しか使いません。
右手人差し指と中指といえば、
このごろは、
ATMでの本人認証で用いられるようになり
使用頻度が上がっているとはいうものの、
わたしの場合は
なんといってもパソコンです。
未だにどこに何のキーがあるか記憶していません。
もしテストされたら間違いなく零点です。
なのに、
例えばこの文章も、
いつものように右手二本指でパチパチ打っているのです。
我が指と我が脳ながら、
どういうメカニズムになっているのか、
とんと分からず。
この指の動きを見ていると、
主人であるわたしとは別に、
指先に二つぶの
ちっちゃな数の子みたいな脳があり、
それが勝手に判断して二本の指を動かしている、
というふうにも見えます。
なんとも不思議。
人生には、
どうしてあんなことをしたのだろうと不思議の感に打たれ
思い返すことが間々ありますが、
パソコン入力についても同様、
キーの位置を覚えていないのに、
なんで打つことが出来たのだろうと、
不思議の感に打たれます。
さて弊社は明日より来年一月四日まで冬期休暇とさせていただきます。
五日より通常営業。
どうぞ皆様よいお年をお迎えくださいませ。
指もしばらく休ませます。

・表裏違わぬように賀状書く  野衾

ウイスキー

 

・自らに誇るもの無し年の暮れ

数年前、
保険会社に勤務するふるさとの後輩と
サントリーの営業部長の三人で飲んだことがありました。
そのとき初めて口にしたのが、
シングルモルト・スコッチウイスキーのラフロイグ。
なんだこれはー!!
でした。
だって、秋田の「いぶりがっこ」
と同じ味なんだもの。
ということで、
学生時代の馬鹿飲みガブ飲み
は措いといて、
旨いものだと感じつつ、
舐めるように
たまに嗜んでいたところ、
ウイスキーとなれば
たとえば詩人の佐々木さんの世界で、
その薀蓄の一端を
うかがっているうちに、
ますます美味しく感じられるようになりました。
いわば、
ウイスキーは、
香り楽しみ舌で味わい喉を揺らし知を愉しむ。
楽しみ愉しむことがまこと大事かと。
老いた口の日を嗜んでいると、
クジラの親子が泳ぐ大海原と
黄金の陽が
すぐそこまでやってくるようです。

・歩の下の銀杏落葉の厚さかな  野衾

得した気分

 

・欲いへばきりもなしとや年の暮れ

年の瀬となり、
忙しい日々がつづいておりますが、
皆さまいかがお過ごしでしょうか。
年末年始はふるさと秋田に帰るのが恒例で、
齢のいった両親と食卓を囲む時間もありがたく、
アマノ(地元の方はご存知)で買った刺身なんかを摘まみ、
言葉少なに父と酒を酌み交わしたり。
箱根駅伝をテレビで見るのは
相変わらずの楽しみですが、
このごろは、
近くの温泉の湯に浸かるのがいっそうの喜びで、
首まで浸かりながら
湯気で曇ったガラス越しに
しんしんと降る雪を眺めるのは
まさに極楽。
つらつらそんなことを思い浮かべつつ、
行きつけの床屋に向かいました。
ドアを開けるや、
だーれもいません。
お!
ほんとか?!
横から高らかな「どうぞ」の声。
いつも混んでる床屋に待ち人おらず。
ラッキー!
わたしはいつもカットだけなので、
椅子に座ってからは
十五分とかからぬぐらいなのに、
待たずにやってもらえることはめったになく。
いや、得した気分。
弊社十五周年行事も無事終了。
来年もいいことがあるかと。

・数え日の烏の声に聞き入れり  野衾

詩に笑う

 

・一年も残り十日の命なり

本を読んでいてたまに笑うことがあります。
読書は孤独な作業ですから、
本を読みながら笑うというのは、
ほかから見たら、
かなり変。
なので笑った後では、
湯気の粒粒がゆっくり舞い下りるように
孤独が降ってきます。
笑ったわたしを視ているわたし。
孤独と孤独が向き合って。
てか。
金子光晴の「老薔薇園」

……………
――この痍あとは?
――ペラシェーズの壁よ。コンミュン・バリカードの銃の痕。
私がいたづらな眼をおとして、小高い、かたちのいいさし乳のばらいろのパゴダ
を指でつつくと、
――あたしのサクレキュル(聖心寺)。
といひながら彼女は身をちぢめる。
――もうこれから、どつこへもゆかないね。
私は、うつくしいP孃、まことは氣位のたかい娼婦を抱きしめながらいつたもの
だ。
……………

パゴダとは仏塔のことで、ミャンマーでの呼び方。
乳首を指してパゴダとは。
さすが金子光晴。
女の乳首がパゴダなら、
パゴダは地球の乳首ならん。
修行後痩せ衰えたゴータマに、
スジャータは乳粥を差し出したこともあったではないか。
なんてことを想わないではありませんが、
根が下賤のためか、
「小高い、かたちのいいさし乳のばらいろのパゴダ」
にすぐに反応し、
早朝荘厳な時を劈くように一人
高笑いを発したのでした。
ちなみに、
「さし乳」とは「差し乳」のことでしょう。
母乳で常に張っている「溜まり乳」に対し、
赤ちゃんが飲むときにスッと出るのが「差し乳」
そんなことをわたしが知っているわけはなく、
ネットで検索して分かった次第。
にしても。
乳首をパゴダに譬えるか。
笑わずにいられない。

・テーブルに珈琲カップの裏返し  野衾

千年の時に触れる

 

・凩や千年の祭り降臨す

「春日大社若宮おん祭」に参加して参りました。
事前に情報を仕入れ、
それなり寒くない恰好で臨みましたが、
いやいや寒いの寒くないの。
持参したホッカイロでは数が足りず、
コンビニで急ぎ補充。
ホッカイロのぬくさが
これほどありがたく感じられたことも
ありませんでした。
十七日の深夜午前0時を期し若宮様をお迎えし、
「御旅所(おたびしょ)」という
仮の御殿にご案内します。
これを「遷幸の儀(せんこうのぎ)」といいます。
御旅所までは、
神職たちの「ヲー」という警蹕(けいひつ)の声に和し、
招待客も「ヲー」と発しながら
真っ暗闇のなか参道を随行します。
参道にはいつの間に
どこから現れたのか、
一般参賀の方々が燈籠のように延々と並び、
行列を迎え送り礼を行います。
招待客は観るだけと思っていましたら、
あに図らん、
いつの間にか観られる側にシフトしており…。
時空を超えた壮大な祭りに直に触れる
それはそれは
すばらしい体験でした。
やがて若宮様は御旅所に到着、
丸一日二十四時間の旅をし
(その間、人間は歌舞音曲によって若宮をもてなし
神とヒトとの交感がなされます。
これが祭りのメインイベント、
競馬、稚児流鏑馬、社伝神楽、田楽、猿楽、舞楽などが供されます)
翌日の深夜0時に元の宮に若宮様をお送りします。
これを「還幸の儀(かんこうのぎ)」といいます。
今回が八七九回目。
若き巫女さんたち神職さんたちの眼の輝き、
立ち居振る舞いの若々しいこと
美しいこと。
目を瞠らずにはいられません。
ふだん接する若者とは質が異なりました。

・時降りて春日若宮おん祭  野衾

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三浦衛(みうら・まもる) 春風社代表にして自慢大王&悪ノリ大王。体調のいいときは自らを天才と称し、不調の折はちりあくたにも劣るヤツとしょんぼり。

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三浦衛の本


『カメレオン』
 三人ときどき声にならぬ声を洩らし/とろけ とろけ 唾までとばし/クヂるとナメるとネヂるとチョす…(「鳶」) 自在に色を変え、不意に突き刺さる、軽妙なことばの戯れ。秋田方言満載の詩集。本文は金属活字による活版印刷。


『マハーヴァギナまたは巫山の夢』
 三平佐世夫は、千一夜の夢うつつで女と戯れ、印度に旅し、睾丸を抜かれ、鰐を飼い、横浜を彷徨う。言語の崖っぷちを綱渡りする、めくるめく冒険。本文活版印刷に美麗造本を施した平成の大奇書。


『父のふるさと』
 父の目に映じた故郷の風土、ひと、くらし、農事を、愛惜をこめ描きだす。本文は金属活字による活版印刷。「身と蓋函」に納める。


『出版は風まかせ』
 横浜の出版社「春風社」社長が本づくりと会社経営にまつわるエピソードを豊富におりまぜ、創業から10年を振り返る。