Archives : 11月, 2014

日焼けした全集

 

・冬の日の公園に充つ音を聴く

わたしのふるさとの駅は井川さくら。
平成七年にできた小さな駅。
帰省するたび、
父と母が車で迎えに来てくれます。
往きはうれしく、
帰りはちょっと寂しい。
駅の待合室は広々としており、
大きな窓からは陽が燦々とふりそそいでいます。
どなたの寄贈か分かりませんが、
本棚に、
『講談社少年少女世界文学全集』がずらりと並んでいます。
箱入りの立派な本は日焼けし、
背のタイトルが白っぽく変色しています。
ここに置かれる前からそうだったかもしれません。
日本編には『古事記』なんかも入っています。
わたしは適当に一冊取り出し、
汽車の来る時刻まで、
読むのではなく、
ぱらぱらページをめくっていました。
それだけ。
弟の長女の結婚式で帰省した折り、
ただそれだけのことだったのに、
あの日焼けした『講談社少年少女世界文学全集』のことが
ふと思い出しては気にかかります。
小公子。小公女。バーネット。
わたしの知らない世界。
予感のような風が吹いてきます。
本を読まずに大人になった今、
ゆっくり、
公園の木々のぬくもりを慈しむように、
戻ることはかなわなくても、
戻ることはかなわないから、
ゆっくり静かに読んでみたいと思うのです。

・雨止んで個性華やぐ落葉かな  野衾

鹿の目

 

・散りて尚目を愉します落葉かな

『クチュクチュバーン』以来、
無思想の可笑しさや不気味さを
恐ろしいほどの筆致で書いてきた吉村萬壱の
短編集『ヤイトスエッド』を読んだ。
書名にもなっている「ヤイトスエッド」は傑作だったが、
そもそもヤイトスエッドとは?
ヤイトは灸。つまりお灸。
スエッドは据えっど。
お灸を据えるど、という関西弁。
笑福亭鶴瓶の野太い声を連想すると、たぶんいいと思う。
野太く、ヤイト~スエッド。
オビにあるとおり、
「罪深き女、偽りの愛にお灸(ヤイト)を据える(スエッド)、黒マントの怪人」
がヤイトスエッドだ。
このノリがわたしは大好きなのだが、
ここでぜひ紹介したいのは、
「ヤイトスエッド」の前に収録されている
「鹿の目」
鹿の目のような目をもつ、
何を考えているか分からない、
欲望が那辺に存するかとんと検討がつかぬ女・桃子
と「私」の物語。
桃子が何を楽しみにして生きているのか
不思議に思っていた「私」は、
彼女が自室を不在にしていたとき、
合鍵でもって彼女の部屋に侵入し、
ガランとした部屋の推し入れの中に置かれたダンボールから
封印されていた秘密を知り、
あまりのくだらなさ底の浅さに茫然自失、
「私」は俄然強気に出る。
*以下は引用です。
「明日休みだろう?」
「ええ」
「ドライブに行くぞ」
「ええ……」
有無を言わせぬ訊き方で厭と言わせず、何か言葉を継ぎかけた桃子を無視して立ち上がると、「では昼頃迎えに来る」と言い残して大股歩きで部屋を出た。休日にも一歩も外に出ず終日体育座りをしているなどという不自然さは、宇宙的な神秘と繋がりを持っていてこそ許されもしようが、覗き見た彼女の内なる神が野口五郎だと知った今となってはとても認められない所業に思えた。何という底の浅さか。それがバッハやスクリャービンであるならともかく、改札口で君のこと、いつも待ったものでしたの「私鉄沿線」男だったとは。その感じは、途轍もなく深いと思って覗き込んだ井戸が、地下一メートルの浅さでコンクリートによって塗り固められていたのを知った時の失望にも譬えられようか。
(引用終わり)
わたしはこの箇所を読み、
不覚にも、
朝の早い時間で隣り近所がまだ寝静まっているというのに、
腹を抱え、
涙まで流し大声で笑ってしまったのだ。
してやられました。
でも、
スッキリした!
軽さの毒と無意味さが気に食わなくなったら、
また世の中のいろんなことがつまらなく思い始めたら、
吉村萬壱を読むにかぎる。

・シベリア寒気団サーカス団  野衾

発見の現場へ

 

・きらきらと時の宝の落葉かな

ただいま通勤電車で『通勤電車でよむ詩集』を読んでいます。
文字通り。
新書判202ページとコンパクトながら、
通勤の数分が楽しくなる詩集です。
詩人の小池昌代さんが
これはと思う詩を選び一冊にしたもの。
どれもきらきらとし、
いま生まれたばかりの旬のもの、
また、
わたしのために書かれた詩なのでは?
と思える詩が少なくありません。
そう感じられるということは、
いい詩だからなのだと思います。
詩人の数だけ詩論がありそうで一概には言えませんが、
このアンソロジーを読んでいると、
詩とは発見であるとも感じられます。
ほかから見たら、
見ようによっては
ちっぽけと思われるようなことであっても、
それが喜びをともなった発見であれば、
それが詩になり、
発見の現場へ誘うところに工夫がある
とも言えそうです。
知らないことを発見すること
が発見かもしれませんが、
知っている、
あるいは、
知っていると思い込んでいることを、
自分の体験として、
ということは、
感情が発動し認知できることもまた
大きな発見であろうと思います。
それが詩になる、
て思います。
たとえば、
体得よりも信仰ということが、
発見できるだろうか。
ということはまた、
詩は冒険と言っていいかもしれません。

・情愛の恋し懐かし冬来る  野衾

青空

 

通勤途中、坂の中腹で立ち止まり空を仰ぎ見た
後ろから来ていた人がすぐ脇を、通り過ぎていった
笑われているような気もしたけれど
かまわずに
周囲の高い建物のてっぺんが、視界から外れるぐらい首を反らせた…

小学生のとき、ブランコの鎖につかまり体を振り上げ
上りと下りの空白の時間、涙のあわいに空を見た
冬の朝、おろしたての防寒具を身にまとい
ちょっと眩しいようなこころで
輝く時間に飛び出したときにも

何の気がかりのない日がなくなってからどれぐらい経つだろう
青空の青は変わらずにそこにある
わたしが死んでもきっと、そこにありつづける
いやいや
生まれるずっと前から、さらに
生まれるずっとずっと後から
ずっとずっと
そこにあったのだ

海はちょっぴり空が妬ましい
いま青空の声を聴く
この経験の空は、名づけることがむずかしい
だれにとってもの空
わたしだけの空
青空をきょう見た
むぐらもちが沈黙を貪る、この場と構造の特殊から眺める
青空なのだ

危なかったぁ!

 

・気晴らしをたずね空向く冬木立

朝はだいたい四時起きに
体がセットされているわけですが、
いくら習慣化しているとはいえ、
起きだてはやはり
ボーッとしており、
ふらふらふら~と洗面所に向かって歩きます。
灯りを点し、
まずは歯を磨く。
洗面台の扉を開け、
自分の歯ブラシをラックから取り出し、
歯磨き粉、と。
ん!?
ん!?
ここでパッチリ眼が覚める。
なぜならば。
歯磨き粉のチューブ「薬用しみないケア クリーンデンタル」と
筋肉・関節の痛みをとる「バンテリンコーワ1.0%クリーミィゲル」では、
寝ぼけまなこにとっては相当似ている!
銀色と緑色の配色もさることながら、
デザインだってなんだかとっても似ている。
危なく、
バンテリンを
歯ブラシに着けることになりかねない。
錦織さんの歯ぐきならともかく、
ふつう歯茎は筋肉でない。
歯ぐきにバンテリンはそぐわない。
朝ごとにちょっと緊張が走る一瞬です。
バンテリンを別の場所に移せば問題ないのですが、
これはこれで
風呂上りに塗ることを考えれば、
適所適材なわけで。

・賑やかに会議のごとき落葉かな  野衾

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三浦衛(みうら・まもる) 春風社代表にして自慢大王&悪ノリ大王。体調のいいときは自らを天才と称し、不調の折はちりあくたにも劣るヤツとしょんぼり。

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三浦衛の本


『カメレオン』
 三人ときどき声にならぬ声を洩らし/とろけ とろけ 唾までとばし/クヂるとナメるとネヂるとチョす…(「鳶」) 自在に色を変え、不意に突き刺さる、軽妙なことばの戯れ。秋田方言満載の詩集。本文は金属活字による活版印刷。


『マハーヴァギナまたは巫山の夢』
 三平佐世夫は、千一夜の夢うつつで女と戯れ、印度に旅し、睾丸を抜かれ、鰐を飼い、横浜を彷徨う。言語の崖っぷちを綱渡りする、めくるめく冒険。本文活版印刷に美麗造本を施した平成の大奇書。


『父のふるさと』
 父の目に映じた故郷の風土、ひと、くらし、農事を、愛惜をこめ描きだす。本文は金属活字による活版印刷。「身と蓋函」に納める。


『出版は風まかせ』
 横浜の出版社「春風社」社長が本づくりと会社経営にまつわるエピソードを豊富におりまぜ、創業から10年を振り返る。