こころ

 

・蕭々の小雨煙るや梅祭り

年を重ねていいのは、
ものぐるしさは相変わらずでも、
それをただ呆とながめ、
時をやり過ごすことが
少しはできるようになったこと。
取るに足らない
まったく
人に告ぐべきことならずで、
自慢にはとても及びませんけれど。
病気のおかげでもあり、
ちょびちょび飲む
お酒のおかげもあるかと思います。
おかげおかげで、
若いころのような
ものぐるしさに耐え切れず
転がるようにして外に飛び出すことは
なくなりました。
そのこころは
無くなっていなくても、
そうしないこころを
覚えたのか、
力が失せただけのか、
ともかく、
ぢっと自閉している。
切実の笑いを求め、
にごりを蕩かす涙を求め、
こころふるえる対話があればと、
あわてずに、
ゆっくりゆっくり
歩くだけです。

・天の虎に耳齧られる寒さかな  野衾

因果鉄道の旅

 

・寒けれど清み増す空の青さかな

根本敬(ねもと・たかし)著『因果鉄道の旅』を読んでたら、
根本敬の根本はこんぽんとも読めるし、
カバーの袖のところに「真実ではないが真理ではある。
意味はないけど理由はある。
そういったものに近頃益々興味を惹かれるのだ。根本敬」
とあり、
物事のこんぽんに迫りそうな気概さえ感じるわけですが、
この本は、サブタイトルにもあるごとく、
自称特殊漫画家・根本敬の「我がオトコ遍歴」でありまして、
どんなことが書いてあるかといえば、
たとえばテレビでたまに見る、
このごろあまり見ない
蛭子能収(えびす・よしかず)さんのことなんかが書いてあり、
蛭子さんは、
接する人間を自分(蛭子)より上等か下等かで判断し、
下等な人間とだけ仲良くする習性がある。
自分(根本)は蛭子さんから見て
蛭子さんより下等と思われているので、
どんなことを言っても平気といっていろいろエピソードを書いてあって、
こんなことを書くときっと蛭子さんに怒られるんではないかと
読者は思うかもしれないけど、
そんなことはちっともなくて、
なぜなら自分より下等な人間の発言だからと蛭子さんは思うはずだからで、
みたいなことがこれでもかと書かれていて
すごく可笑しい、面白い。
根本さんは変だけど、
蛭子さんはもっと変、ということがよく分かります。
そんなかたちでの愛情表現かとも。
本にたまに登場する「街で見かけた素敵なオトコ」の写真は、
オトコたるもののディープさが如実に現れ、
どうするとオトコはこんな風に変貌を遂げるのか、
生まれつきこんな風な人相をしていたのかと
危ぶまれるぐらいの独特の気を発するオトコたちで、
モノクロ写真ではありますが、
この本にいっそうの彩りを添えており、
とてもオトコ宇宙を感じさせてくれます。
初版発行一九九三年、KKベストセラーズより。

・中興の同志集ひし夕べかな  野衾

 

・物思ふ回り舞台に雪が降る

朝起きたら寒くなく、
寒暖計に眼を凝らせば十九度。
温かいはずだ。
節分が過ぎ、
ようやく春が近づいてきたか、
と、
その気で家を出れば、
さ、寒い。
間違えた。
昨日のことです。
マフラーを
ぎゅっときつく
締め。
校正校正只管校正。
一日の仕事を終え、
帰る頃には、
雪がちらちらと。
中原中也の有名な詩を
歩きながらひとり
小声で唱え。
どうかどうかと祈るさえ。

・手洗ひを短く済ます寒さかな  野衾

ボリュームを下げ

 

・陽だまりや小首傾げる猫の背な

マニュエル・ゲッチング、オービタルのCDを
やっと聴こえるぐらいの小さい音で
かけたら、
なんとなくいい感じ。
仕事もはかどる気がしたので、
今日はエイフェックス・ツイン、
スクエアプッシャー、
ジェフ・ミルズ、
ブライアン・イーノ、
モーガン・フィッシャーなんかを
家から運び、
ボリュームを下げ
かけてみようと思います。
音楽を音楽としてでなく、
音として吸ったり吐いたり、
吐いたり吸ったり、
呼吸のように。
これはこれで体験。

・うつらうつら眠つているかそこの猫  野衾

孤独

 

・雀來て梅の花咲く天が下

少年の君は
よく人のマネを していたね
マネして 人を
笑かして いた
笑ってもらえると うれしく
飽きもせず 人のマネをした

あるとき
だれよりもいっしょに遊ぶ
好きな子の マネをした
マネすると
そうするだけで
その子がずっと そばに
いる気がし
いや
ぼくが その子で
その子が ぼくで
まるで 一心同体
もう ひとりじゃない

マネするぼくは 人気者
人気者のぼくは 調子をこいて
来る日も来る日も マネばかり

ぼくがマネするその子は 傷つき
だんだんぼくと
話をしてくれなくなった
そうして やがて
ぼくから 離れていった

さびしさ からマネし
さびしさ から人気者
そして
孤独を 知った

その子とスーパーマーケットの前ですれ違う
髪の毛が白くなり すっかり
大人になったその子は
ぼくに 気づかない
ぼくもその子に 話しかけない
あれからずっと 離れたまま
いまも
これからも
ずっと ずっと
永遠に

・梅咲くや雀來りて飛び立ちぬ  野衾