マルホランド・ドライブ

 

・もやもやと腋くすぐられ山笑ふ

恋人はもちろん、
恋人でなくても大切なだれかを失ったとき、
ひとはどうなるか。
そのことを思い出させてくれる、
シュールで、痛く、切なく、
美しい映画でした。
『マルホランド・ドライブ』
二〇〇一年に製作された映画で、
監督はデイヴィッド・リンチ。
何が起きているのか、
事実なのか
夢なのか、
起きていることの意味はなんなのか、
一瞬も目を離せません。
ひとつひとつのことが、
当座は通り過ぎても、
後半への
精密な伏線になっており、
一昨年亡くなったアントニオ・タブッキの
目くるめく小説を彷彿させ、
また
かつて、
有楽町で観たあと、
館を出、
街をふらふら歩いてふらり入った先の店で
コーヒーを頼み、
ほとほと泣いていた
若いころ観た映画をなつかしく
思い出したりもし、
濃密で
くすぐったくもある時間を堪能。
いい映画でした。
好きな映画リストの上位にランクイン!
つぎはインランド・エンパイア。

・霞み立ち竹林淡く揺れてをり  野衾

人生最後の日

 

・はるさめやものおもふわれゆきてあり

アップルの創業者の一人で、
二〇一一年に亡くなったスティーブ・ジョブズは、
十七歳のときに
ある本を読み感銘を受け、
以来、三十数年間、
朝起きたら鏡に向かい、
かどうかは定かならねど、
「もしも今日が人生最後の日なら、
今日やる予定のことを私はやりたいだろうか?」
と自問自答することを
習慣にしていたそうです。
これは、
髪の毛一本で剣を吊るし
王位の危険を悟らせたという故事
「ダモクレスの剣」を連想させますが、
秋田にある出版老舗
「無明舎出版」の安倍社長のブログを読んでいたら、
上記ふたつのことがサッと頭をよぎりました。
舎から自費出版をする予定の方と
打ち合わせのために舎で待っていたところ、
待ち人が
約束の時刻になっても現れず三時間が経過、
知り合いの方から電話が入り、
曰く、
五日前に突然倒れて亡くなり
行けないと。
一週間前に安倍社長は、
その方と電話でいろいろ話していたのだそうです。
そんなことがあるのですね。
先のことはホントだれにもわかりません。
さてと我が身。
とりあえず、
今日やる予定のことを
やろうと思います。

写真は、秋田のなるちゃん提供。

・春風や馴染みの店のオープンす  野衾

世紀末的感情って

 

・梗塞と弛緩を経りし春の空

九鬼周造といえば『「いき」の構造』
岩波文庫に入っています。
九鬼さんは哲学者ですから、
「野暮」の反対の「いき」について
いかにも哲学者風の
いかめしい言辞を弄しているわけですが、
ご本人が生きておられたとして、
「弄している」なんて耳にしたら、
きっとかんかんになって怒ったかもしれません。
いや、笑ったかな。
九鬼さんは、
一九四一年(昭和十六)に京都で亡くなった、
そういう時代の人ですから、
時代が時代なので、
哲学書として書かざるを得なかったのかもしれない。
また、哲学書だからかえって売れたとか。
この人の筆力をもってすれば、
エッセイとして十分面白く書けただろうと想像されます。
今の時代なら、
きっとそうしたでしょう。
それはともかく。
「いき」という粋なテーマについて、
がちがちの言葉で論じるから、
なんとも言えない可笑し味が行間ににじみ、
笑えます。滑稽です。
この本にはさらに
「風流に関する一考察」と
「情緒の系図 歌を手引として」が
併録されていますが、
「情緒の系図」には何度か
思わず吹き出してしまいました。
この論考は、
新しく編まれた『新万葉集』から
百何十篇かを九鬼さんなりに択び、
分析を加えたもので、
その切り方と
大時代的な物言いが
可笑しさを噴出させます。
たとえば。
「「愛」の側では、消滅に対する「惜しい」という危機的感情があったが、
「憎」の側には、存続に対する「煩わしい」という世紀末的感情がある。」
ね。
この大げさ感!
危機的感情に世紀末的感情ですもん。
スゲーッて。
でもって、
その例として択んだ歌が
どういうのかといえば、
「古(ふ)り妻はいよいよ古りて
言ふことのあな煩(わずら)はし朝(あした)夕べに」
これが世紀末的感情。
川崎杜外さんの作。
この言辞とこの流れ、
笑わずにいられません。

・曇天下地平に花の点在す  野衾

ネット書店とリアル書店

 

・襤褸雑巾慈雨と感じて春の雨

今年二月期のアマゾンでの売り上げは、
1,148,220円。
昨年同月が733,308円ですから、
56.6%の伸び率ということになります。
ほかのネット書店の売り上げは
漸増または微増ですから、
アマゾンが飛びぬけています。
リアル書店はどうかというと、
うちは学術書に特化しているといってもいいわけで、
そういう本の売り上げとしては、
同業他社とあまり変らないでしょう。
つまり、
街のちいさな本屋ではほとんど売れず、
棚ぞろえの充実した大型書店でそこそこ売れる。
ならば、
ちいさな書店は
うちにとって意味がないかといえば、
どうもそうではない。
先日、
黄金町にある古書店のたけうま書房さんで
イベントがありました。
本づくりについて話しました。
その場でも本が売れましたが、
後日、
電話での直接注文があり、
並行してネット書店への注文もあったろう
と思われます。
そのことから鑑みるに、
リアル書店はリアル書店の面白さ、
すなわち、
空間を把握し所有または借用している
ことの強みと旨みをとことん発揮し、
お客さんを集めて楽しい好さげなことを探る。
そのことがぼよよ~んと
他へ波及し、
ネット書店で本が売れる売れる売れる、
売れろ。
そういうカタチがいいのでは。
リアル書店は腹をくくり、
本にまつわるイベント会場に徹するゾ、
とか。たとえば。
会場費ビジネス+来てくださったお客さんへの本の販売。
お客さんを入れる箱が箱であることの面白さ、
ってあると思います。

・たかがともされどとも思ふ言葉かな  野衾

書かせて頂きます

 

・春風や葉書一行有り難し

原稿執筆をお願いした方から
葉書にて
「書かせて頂きます」
と。
この瞬間の喜びは
出版人にとりまして、
なににも替え難いものがあります。
弊社の目録を兼ねた「春風目録新聞」は、
おかげさまで好評を賜り、
年二回の発行ながら
これまで十三号を重ねました。
創業十五周年を迎えるに際し、
グランドリニューアルを企図しております。
今回の特集は、
「時を忘れさせてくれた本」
はやばやと
詩人の佐々木幹郎さんから
お原稿を頂戴しました。
割と最近の本を取り上げ紹介しておられますが、
一読、
これが無茶苦茶面白く、
再読する前にまず、
取り上げられている本を
さっそくアマゾンで注文しました。
わずか八百字により、
読む前と
読んだ後とで
こんなに心が変ってしまう。
文章が読み手の行動を後押ししてくれる。
すごい事です。
ということで。
皆さま、
どうぞお楽しみに!

・傍らの涙の顔の透きとほる  野衾

ウイークエンド

 

・富士見台春風起こり見晴るかす

雪解けの泥濘を踏み分け
踏み分け、
寒風吹きすさぶ大山山頂まで。
きつかったー!
太腿の裏が攣りました。
秋田の父ならオロナミンCを飲むところ。
脚や、
脚でなくても
体のどこでもが攣ったなら、
オロナミンCを飲むと、
たちまち治る
そうです。
それを聞いた父のすぐ下の弟、
わたしにとっては叔父
の勤(つとむ)が、
そんなことあるかよと
だれもがそうであるように
初めはまったく信じなかったわけですが、
あるとき自宅の周りで労働していたら、
脚が攣ったので、
そういえば。
わたしの父の話を思い出し、
そばの自動販売機で
オロナミンCをさっそくもとめ。
プルトップを開けてこくこく飲んだみた。
そうしたら、
あ~ら不思議、
ほんとに痙攣が治った!
兄の言っていたことはほんとうだったのかーっ!!
って。
それは叔父の話。
わたしはオロナミンCを飲みませんでした。
まだ連休が残っていたので、
家で、
久世光彦監督の『センセイの鞄』と
ゴダールの『ウイークエンド』を観ました。
まずセンセイの鞄。
小泉今日子が着ているセーターやマフラーが、
いかにも川上弘美が身に纏いそうで、
テレビから少し離れて見ると、
原作者の川上弘美に見えました。
次に。
『ウイークエンド』はウィークエンドでなく
ウイークエンド。
うえっ! ぐえっ!
阿部薫の「なしくずしの死」まで聴こえてきそう。
意味がうっとうしくなったり、
ことばが煩わしく屁と感じたら、
これはいい 親指太郎。甘くなくゴリゴリッて。
末井昭の近著『自殺』を面白く読み、
そのなかで印象深く紹介されていました。
わたしは初めて。
終り方かっこいい!
調子にのって、
久しぶりに
フェリーニの『8 1/2』も。
やっぱり面白い可笑しい可愛い。
山に映画に読書。
三昧のウイークエンド。
ちゃんちゃん!

・五年ぶり知人の髭の白茶けり  野衾

あそぶを真面目に

 

・飯坂の空うつすらと彼岸かな

ひとと話しているうちに、
つい物を言って、
あとから、
そういうことを思っていたんだ
考えていたんだ
へ~、

気づかされることが間々あり。
昨日がそうでした。
フリーの編集者が訪ねて来られ、
お話をうかがい、
また話しているうちに、
かぎられた枠の中で一所懸命あそぶ、
あそぶことに集中することが、
おもしろくあり
楽しい
と。
それから、
あそぶためにはおカネが必要。
そのことも改めて確認。
あそんだ結果が
さざなみのごとく波及すれば、
うれしく、
予想を超え展開し、
喜ぶことも間々あります。
十周年パーティのときお世話になった
山手サービスさんの
鈴木会長と久方ぶりに話ができ、
それがとってもありがたく嬉しいことでした。

・車窓より福島の山霞みゆく  野衾

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