水温む

 

・校正を遂げて振り向く暮早し

水温む、
と書いて、みずぬるむ。
今日は一月の終りで、
水温むには
少し早いのですが、
昨日今日のぼやぼやした陽気は、
水温む感じがいたします。
ちゃ~ ちゃららららら~
わたくし生まれも育ちも葛飾柴又帝釈天で…
なんて。
こうなると、
梅や桃の花が
咲くときを得
人知れず
疼きはじめているような。
この時期、
天然のもろもろが
連関し連携し、
耳で聴こえぬ
(しばしば聴こえる)
音を発しているようでもあります。
そのなかにわたくしもいる
と感じると
うれしさがこみ上げてき、
うれしさのなかで、
息をします。
春が近いと感じるのでございます。

写真は、まるちゃん提供。

・短日のベランダの空仰ぎ見つ  野衾

親和力

 

・垣根越しあれは梅かと一人ごつ

夜中 眼が覚め
横になって 力を抜いているのに
眠られない
ことがあります
パカリ
パカリ

瞬きの音さえ
聴こえて きそうなのだ

ふ~
ダメだなあ
トイレに 立ってみても
亀布団を かぶってみても
きのうのことが
思い出され
グルグルグル グル
また
グルグルグル グル

いっそ思い出すことに 馴染んでみては
なんてことないさ

考えてみては

努力は 水泡に帰し
やぶれかぶれの
伊勢エビ
似非エビ
砦はすでに 穴だらけ
少しは眠っただろうか

・自らを叱つて臥せる冬日かな  野衾

男はつらいよ

 

・七時半行つてきますの朝の声

女もつらいとは思いますが。
それは措いといて。
『男はつらいよ』。
つい先日、
大学時代からの友人と飲む機会がありました。
友人、
『男はつらいよ』が
最初は嫌いだったのに、
歳を重ねるにつれ好きになり、
ついに全作品の
ビデオだかDVDの入ったトランク
(そういう商品が売り出されていました。
今もあるかもしれません)
を買おうかどうしようか迷い、
結局、
奥さんの顔を思い浮かべて
踏みとどまったのだとか。
それほどゾッコン、
『男はつらいよ』に
また寅さんに惚れてしまったそうです。
友人は銀行マンで、
外国暮らしも長かったため、
よけいに思い入れが強くなったのかもしれません。
わたしも、
自分の愚かさ馬鹿さ加減、
くだらなさを
自ら認知し落ち込むようなとき、
『男はつらいよ』の
寅さんのことばが思い出され、
泣きたくなるときがあります。
そのものズバリ!
『寅さんのことば』
という本が今月出ました。
中日新聞社刊。
たとえば、
「俺には、むずかしいことはよく分からねえけどね、
あんたが幸せになってくれりゃいいと思ってるよ。」
く~、
泣かせるねえ。

・寅さんのことばに和む冬日かな  野衾

トークイベント

 

・ラーメンの湯気の粒粒見てゐたり

三月ですから
少々先のことになりますが、
トークイベントに呼ばれました。
横浜市中区若葉町にある映画館ジャック&ベティでは、
三月一日より二週間の予定で
「世界一美しい本を作る男 シュタイデルとの旅」
が上映されますが、
公開記念として、
公開初日に引きつづき行われるイベント。
題して、
「横浜で本を作る男の本作りの現場」
現場、
というのがなかなか。
聞き役は「たけうま書房」店主の稲垣篤哉さん。
訊かれるまま
なるべく正直に、
ときどきはウソも交えしゃべろうと思います。
ご興味のある方はどうぞ。
詳しくはこちらをご覧ください。

・冬の朝ことばなき世を夢見たり  野衾

 

・ストーブにスルメ炙られ反り返り

子どものころ、
秋田の実家ではよく猫を飼っていました。
代々色の黒い
尻尾の丸い猫と決まっていた。
祖父の嗜好によるものだったでしょう。
代替わりのとき、
尻尾が丸く黒い猫ならもらってきた。
なので、
猫イコール、
黒くて尻尾が丸い。
ほかで尻尾の長い三毛猫や、
一色でも黒以外の、
例えば、
寺の廊下を歩く
白く尻尾の長い猫などを見ると、
ちょっと怖かった。
わたしが住んでいる家は
山の上にありますが、
付近に猫がけっこう多くいて、
仕事の往き帰り、
いずれか二三匹に
出くわさない日はありません。
立ち止まり、
おう、
と声をかけると、
キッと戦闘態勢に入る猫あり、
また、
よう人間元気かい、
みたいな表情をする猫もいる。
まあそんな感じ。
このごろ
猫の置物が少しずつ増えてきました。

・ストーブを抱えて居たき朝もあり  野衾

バランス

 

・そんな日もあるさ苦汁の冬の月

根本敬の漫画集、エッセイ、画集が届く。
このごろの買い物はアマゾンが多く。
まずは画集から。
「THE END」A4判64ページ。
オビの、
「全てのだらしないものをブシツケに肯定するところから愛が始まる。
根本敬はずっと曼荼羅を書いているのだ。」
は、
文筆家の五所純子さん。
さっそくぱらぱらとめくってみる。
たしかに、
むかし国鉄の駅にあった便所の落書きを彷彿とさせる。
エロく、グロく、汚く、懐かしく、
だから温かい。
漫★画太郎は相当ですが、
こちらもかなりの破壊力。
こういう世界に魅かれる自分がいる。
『エロトス』の荒木経惟や
凍える微笑の蛭子さん、
それからねこぢる、西岡兄妹。
谷岡ヤスジとつげ義春もここにいてほしい。
宝物の世界の住人。
かっこつけんじゃねー。
かっこつけないことのかっこよさ、
みたいな。
だから、
五所さんの言い方も、
分かる気がします。
どうしようもない自分、
できれば無きものにしたい部分、
箪笥の奥の奥の奥の
肥やしにしておきたいブヨブヨ
親に隠しておきたい臭草
また腐草
すくわれないけど
すくわれないから
すくわれる
男宇宙を聴きたくなった
あのCD
どこへ行ったかな
だれに貸したかな
ゴヤのファースト・ネームは

・寒雀虫になりたき日もありき  野衾

悔し蜘蛛

 

・丘の上をいよいよ赤き冬の月

哲学者の小野寺先生と打ち合わせ。
資生堂パーラー横浜高島屋店にて。
哲学者と資生堂パーラー、
この組み合わせ、
いいと思う。
哲学談義が異様な盛り上がりを見せ始めたころ、
隣の席では
いかにも高級そうなご婦人が
フォークとナイフを動かしていた。
こちらの話には
まったく関心がない様子。
見ず知らずの他人の話に興味を持つのは、
品のないことだと思っているのかもしれない。
小野寺先生の話は
さらに鮮度を増しつつ
佳境に入る。
先生が中学生時代、
蜘蛛の巣に捕まりもがいているセミを発見。
かわいそうに思った先生は、
ねばつく蜘蛛の巣からセミを解放してあげ、
空へ逃がしてやった。
いいことをしたと思った。
ふ~。
と、
一方の蜘蛛。
見遣れば、
なんだか悔しそうな顔をしている…。
テーブルを挟んで聞いていたわたしと内藤君、
大爆笑。
悔しい表情の蜘蛛を思い浮かべたら、
笑わずにいられない。
う~ん、
さすが哲学者。
セミを逃がしたことで善をなしたと思いきや、
悔しい顔の蜘蛛を目の当たりにし、
世界の矛盾に気づくとは。
ん!?
ん!?
隣の席の高級そうなご婦人、
あいかわらずフォークとナイフを動かしていたが、
指先がなんだかちょっと
小刻みに震えている
気がしないでもない。
顔を見たら、
一生懸命笑いを堪えているではないか。
はは~、
我慢しているのだな。
我慢しなくていいのに。
でもやっぱり、
悔しい蜘蛛の話はウケたとみえる。
そりゃそうだ。
だって、
おかしいもんな。
ご婦人なんだかかわいく思えてきた。

・寒月や言葉なくして拝みけり  野衾