じょんがら一代

 多聞くんからの情報で、前からナマで一度見たいと思っていたギリヤーク尼ケ崎さんの大道芸を見る機会を得た。5月19日夜、東横線白楽駅下車六角橋商店街にて。
 月の第3土曜日はいつも催し物があるらしく、街は昭和の下町に戻ったようななつかしいにぎわいを見せていた。若い人たちのライブ演奏があったり、裏通りの店々から客を引く声がかかったり。歩くだけで楽しくなる。
 ギリヤークさんは今年77歳。9時ちかくになって、アスファルトとコンクリートの道端に車座に陣取った客たちのなかに、ようやくギリヤークさんが現れた。衆目にさらされながら、普段着を脱ぎ衣裳に着替えていく。その一つ一つの動作がすでにぴんと張り詰めた緊張感をはらみ、客の目とこころを静かにとらえていく。手鏡を見ながらドーランをぬる後姿を見ているうちに涙がこぼれた。写真家の橋本さんが吸いこまれるようにシャッターを切っている。じょんがらー、じょんがらー、じょんがらー、と声高に叫んだあと、いよいよ踊りが始まる。腰を落としてかまえた瞬間、ギリヤークさんの周りは一瞬にして津軽の冬景色に変貌した。わたしのすぐ後ろにいた若い男が、連れの若い女に向かって、シャーマンのようだねと言うと、女は、あれは何かしら、エアーギターのようなものかしら、などと答えていた。
 演目の二つ目は「おはら節」。客のなかから3人連れだし一緒に踊った。
 最後は「念仏じょんがら」。くるくるくると踊り舞う姿はこの世のものとも思えない。ひゅーと客のなかへおどりこんだと思ったら、反対の側からバケツを持って現れ、アタマから水を被った。ひれ伏し、転がり、あお向けになって、かあちゃーん、まだ踊っているよー、と叫んだ。にっぽんいちー!! の声がとぶ。踊りが終って素にもどる。お礼を言うギリヤークさんの目がきらきらと輝いている。
 余韻にひたる客たちがなかなかその場を離れない。20代だろうか、若い女性が何か質問した。「はい」と答えるギリヤークさんの声と表情に息を呑む。小学校に入ったばかりの一年生が、はじめて担任の先生から名前を呼ばれて、よろこび驚いてでもいるような風情なのだ。来年きっとまたここで踊ります、とギリヤークさん。からだに気をつけてー。来年も来てくださいねー。万雷の拍手と歓声が交錯し、時のたつのを忘れた。

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