配達記録

「瀬戸ヶ谷の三浦と申します。郵便物お預かりのお知らせというのをいただいたのですが…」
「そうですか。何日になっていますか。はい。はい。そうすると、保管期間は6月14日までですね。お問い合わせ番号をお願いします。5781*******ですね。差出人はどちら様ですか。はい。配達担当者は誰になっていますか。はい。分かりました。では、いつの配達をご希望ですか」
「日中、出掛けていますので、会社のほうへ回送していただけるとありがたのですが」
「はい。結構ですよ。住所を郵便番号からお願いします」。指示に従い、郵便番号、住所、電話番号、社名を告げた。すると、電話の最初から慣れた口調でてきぱきと話してきた、声の感じからしておそらく中年の女性が、社名を告げたとたん、ほんの一瞬だが間を置き、「いいお名前ですねぇ」と言った。わたしはとっさに「あ、ありがとうございます」
 女性は、その後、すぐに丁寧ながらもビジネスライクな口調に戻り、区が違うので配達が二、三日かかると言った。土、日は会社が休みだから月曜日に配達してもらいたい旨を告げると了解してくれ、最後に、「お問い合わせ、ありがとうございました」
 女性の話しぶりは、決していやな感じを与えず(むしろ好ましい。声質のせいか)、とても流暢で、一日何十件、何百件の問い合わせがあるだろうことを予想させた。必要な事項、同じことを同じように訊き返す。そういう中での、「いいお名前ですねぇ」だったから、ちょっとどぎまぎし、わたしの声は、ほんの少しだが震えたかもしれない。
 社名を褒められたことは、もちろんうれしかったが、それ以上に、極めてビジネスライクな会話の中に、たったひとことでも自分の感想を織り交ぜた彼女がとても素敵に思えた。電話の最初に、受け付け係の**ですと名乗られたのに、受話器を置いたとき、まさかそんな印象で終わるとは予想だにしなかったから、彼女の名前を覚えようともしなかった。それに、この先、会うこともないだろう。それでも朝から気分が良かったことには変わりない。