雨上がる

 昨日の昼のこと、専務イシバシが近頃刊行された書籍を取次に持ち込み登録する日で出掛けていたため、武家屋敷と二人で昼食を食べに会社を出た。この頃テレビのニュースを見ていないので、関東が梅雨に入ったのかどうか確認していない(おそらく入ったのだろう)けれど、梅雨らしい雨が降っていたから傘を差して野毛坂方面へ歩いていった。
 よく行く中華屋へ入り、D定食(税込600円)とF定食(税込800円)を頼み、仲良く分けていただいた。こうすると二種類の料理を楽しめることになる。三人四人で行く時も同じ方式を取ることにしている。それができるのは、この店の定食の種類がお手頃価格で種類が豊富なことによる。
 デザートの杏仁豆腐を食べ、さて腹も満タン、勘定を済ませ外へ出たら雨が上がっていた。それだけでなく、日差しまで差してポカポカと暖かい。というより暑いくらい。
 武家屋敷と二人、腹ごなしの会話を楽しみながら野毛坂をゆっくりと上っていった。ふと見ると、武家屋敷が傘を差している。おや、と思った。雨はとっくに上がっているのにどうして? ははぁ、日差しが強いから今度は日傘として差しているのか。そう思ったから武家屋敷に訊いてみた。「日傘として差しているの?」。すると、意外が答えが返ってきた。「いいえ。濡れた傘が少しは乾くかと思って」「……」
 なるほどねえ。社に戻りベランダに傘を広げて乾かさなくても、歩きながら傘をお日様に当てることで乾いてしまうか。それに、いつまた雨が降ってくるかも知れない。とてもいい考えに思えたから、わたしもさっそく真似して会社までの残りの道のりを傘を差して歩いた。行き交う人が少なかったから良かった。なぜなら、武家屋敷の傘は女性らしく、それなりにカラフルで、日傘として差しているのだなと立派に端から見える。それに対し、わたしのはいかにもこうもり傘だ。取っ手や柄まで黒い。この暑いのにこうもり傘とは…。
 ようやく会社にたどり着き、傘を閉じた。まだ完全に乾いてはいなかったが、すぼめた傘をそのまま傘立てに突っ込んだ。