涙涙涙

 知人からチケットをいただいたので「青山学院大学グリーンハーモニー合唱団第50回記念定期演奏会」(タイトル、長い!)を聴きに行く。
 会場に着いたのが遅く、すでに第三部が始まっていた。が、モーツァルトの「レクイエム」は好きな曲だし、美しいハーモニーに感動。やはりナマは違うと思った。
 アンコールは中島みゆきの「時代」、わたしが高校二年生の時、文化祭のテーマソングが「時代」だった。懐かしさと合唱で歌われる歌の新鮮さに目頭が熱くなる。30年はなかなかの時間だったなあと。
 最後の讃美歌405番「かみともにいまして」には心底やられた。二番の歌詞「荒野(あれの)をゆくときも、あらし吹くときも」のところ、もう、あられもなく鼻水まで垂らして泣いた。320番と405番がおらの一番好きな讃美歌だからだ。405番の作詞者のジェルマイヤ・E・ランキン牧師は、英語の“Good bye”の語源が“God be with ye(you)”であることから、この詞を作ったのだという。
 最初から聴けたらどんなによかったろうと悔やまれた。来年は、なにをさておいても最初から聴きたい。
 にしても、涙もろさの度が増したようで、気になった。いくらなんでも、前はあんなに泣かなかったのに…。これもいわゆる老人力か。

肩凝り

 根が勤勉(こればっか)なので、土曜日でも一人会社へ出勤、仕掛かりの原稿の校正に励む。
 出力した紙に朱を入れる場合と、直接パソコン画面に向き合いながら直していく場合がある。原稿の種類にもより一概にはいえないが、直しの箇所が多い場合、パソコン画面に向かい直接のほうが効率的なときもある。
 休日は本当に静かで、電話も鳴らない。留守番設定にしてあるから、鳴っても出ないことが多い。音楽は掛けたり掛けなかったり。たまに近くの電柱にとまった鴉が鳴いて振り向く(わたしは窓ガラスに背中を向けて仕事をしているので)ぐらいだ。
 予定通りとまではいかなかったが、だいぶ頁がすすんだ。同時に右肩が相当凝った。休日、誰もいないオフィスでカタカタキーボードを叩くのは、アメリカ映画のワンシーンみたいで悪くない。背中から差す明かりが変わり、振り向けば、夕陽が紅く輝いてビルの谷間に落ちていこうとしている。家に帰ったら、読み掛けのヒューバート・セルビー『ブルックリン最終出口』を読もう。
 と、「ごめんください」
 「はい」
 「伊勢佐木町の○○といいます。昼の弁当をつくっています。こちらでは昼食はどうされていますか」
 「弁当持参の者と外食の者と半々ぐらいですかね。わたしは外食組です」
 「試食だけでもいかがでしょうか」
 「いいですよ」
 「ありがとうございます。それでは月曜日、お昼12時までにお持ちします。ちなみに月曜日の弁当は焼肉定食です。試食はもちろんタダですが、弁当は日替りでお値段は500円、ダイエットコースだと550円です。よろしくお願いします」
 おばさんが部屋から出て行き、わたしの気分はニューヨークからいきなり「焼肉定食」の純日本風へ引き戻された。それから2時間、肩凝りで右肩が上がらなくなるまでキーボードを叩き、ニューヨークのことはすっかり忘れ、ブラインドを下ろし、電気系統のスイッチを確かめ、何事もなかったかのように会社を後にした。

ウスキの小ビン

 夜、いつものようにコットンクラブで飲んでいたら、存在感おらおらの男がふらりと入ってきた。蓬髪の頭、赤銅色の顔に深い皺が何本も刻まれている。真っ赤な防寒具は似合っているのかいないのか。
 ぼくはもう相当出来上がっていたから、カラオケでイルカの「なごり雪」なんかを歌った。すると、男が指笛をピピー!と鳴らした。あ、どうもどうも…。
 「俺も歌っていいかな」と、強い訛りのある言葉で男がママにいう。
 「どうぞどうぞ、なにを歌いますか」と、ママ。
 「ウスキの小ビン」
 「え?」
 「みなみらんぼうのウスキの小ビン」
 「ウスキの小ビン?」
 「ウスキの小ビン」
 「ウスキの小ビン?」
 「ウスキの小ビン」
 「ウスキの小ビン、ですか?」
 「ウスキの小ビン」
 「ウ・ス・キの小ビン、ですね」そういうとママは、「みなみらんぼう」で検索をはじめたようだった。
 「みなみらんぼうでは出てないですね」
 「ウスキの小ビン」男はまだ言い張っている。言い方を換えようとしない。
 「ママ、きっと、ウィスキーの小瓶だよ」と、わたしは小声で告げた。
 「そうかそうか」と、今度は曲名で検索したが、結局「ウィスキーの小瓶」はカラオケに入っていなかった。ママが何度聞き返しても、頑として言い方を換えない男のことが少し気になりはじめていた。
 「すみません、このカラオケには入っていないようです。ほかの歌はどうですか?」
 「河島英五のてんびんばかり」
 「河島英五のてんびんばかりですね」
 青の画面がカラオケ画面に替り、ピアノ曲のイントロがゆっくりと流れる。初めて聴く歌でも、いい歌はだいたいイントロでわかるものだ。男は圧倒的な歌い方で、ママと凉子ちゃんとわたしを金縛り状態にしてしまった。どんな風に歌っているのだろうと気に掛かり男の顔を見た。眉根を寄せ泣いているようにも見えたが、声がしっかりしているから泣いてはいなかった。それにしても、河島英五にこんな歌があるとは知らなかった。「酒と泪と男と女」をはじめ、よく酒を歌った河島は、平成十三年四月十六日、四十八歳の若さで亡くなっている。肝臓疾患だったそうだ。
 男はもうそれ以上歌わなかった。酔客がどやどやと入ってきて、次々カラオケの歌が入り、だれも男を気に留めない。男は頃合を見計らい、そそくさと席を立ち店を出て行こうとした。ママが入口まで見送ると、男は、はにかむようにして「また寄らせてもらってもいいですか」といった。「どうぞどうぞ、あの歌をまた歌ってください」
 昨日、横浜駅西口のタワーレコードに寄って河島英五の「てんびんばかり」の入っているCDを買った。家に帰りさっそく聴いてみたが、男が歌った「てんびんばかり」のほうが真に迫っていたと思われた。男の歌をナマで聴いたからかもしれない。ママから聞いた話では、男は与論島出身なのだそうだ。
 ところで、男が最初に歌おうとした、みなみらんぼうの「ウィスキーの小瓶」とはどんな歌なのだろう。気になる。

意味ないじゃん

 いつも行くコットンクラブで飲んでいたら、保土ヶ谷界隈でこのところ一躍有名になったナベちゃんが入ってきたので、
 「あれ、ナベちゃん、革ジャンは?」と訊いてみた。
 「うん、着ていない」
 「そりゃ見ればわかるよ。どうしたの?」
 「家に置いてきた」
 「家に?」
 「そ」、ナベちゃん満足気。
 「家に置いてどうするの?」
 「だって、このあいだみたく失くしたら嫌だもん」
 「そりゃそうだろうけど、冬に革ジャン着ないんじゃ意味ないじゃん」
 「平気平気、黒いのもあるから」、と、ナベちゃんあくまで満足気。それに、どうも微妙に会話がかみ合わない。
 「でも、そんなセーターだけじゃ寒いでしょ」
 「寒くない」
 「そんなはずないよ、今日は相当寒いよ」
 「いいのいいの。気にしない気にしない」
 横で二人の話を聞いていたスーさんが、
 「失くしたと思っていた革ジャンが戻ってきたので、それで十分なんだよな、ナベちゃん」
 「……」と、ナベちゃん、やっぱり満足気。
 ふむ。気持ちはわかるけど、おかしいよ、どこか変でしょそれって、だってさ…。
 「ヘ〜〜ックショイ!
 ほらね。

またまた

 昨日、紅葉坂を上りきり息を弾ませ、間もなく会社のあるビルだ、のちょうどその時、一陣の風が頬を撫でたかと思いきや、ベージュ色のコートを羽織った若い女性が自転車に乗って横断歩道を横切った。わたしのほうを向いて頭を下げたようだったから、わたしもそれとなく頭を下げた。わたしにではない気もして、後ろを振り向き確かめたのだが、ほかに誰もいなかったから、やはりわたしなのだろうということで落ちついた。
 ま、いいか、誰であっても、あいさつは気持ちいいもの。
 教育会館のビルに入り、エレベーターに乗ろうと歩いて行くと、さっきの女性がボタンを押しつづけ、エレベーターの中で待っていた。見れば、アルバイトの奥山さんなのだった。
 「おはようございます」
 「おはようございます。奥山さんだったのか。どこのお嬢さんかと思ったよ」
 「奥山さんだったのか。どこのお嬢さんかと思ったよ…」
 「ん!? いや、それはわたしのセリフで…」
 「このあいだも坂の途中で会ったとき、奥山さんだったのか、どこのお嬢さんかと思ったよ、って言われました」
 「ええっ、ほんとう?」
 「ええ、本当です。そっくりそのまま。奥山さんだったのか。どこのお嬢さんかと思ったよ…」
 「わかったわかった。もういいから」
 近頃とみに老人力が付き、専務イシバシと覇を競っている。イシバシのほうがわたしよりも上手だなと思って安心してきたが、どうしてどうして、わたしもどうやら負けていないようなのだ。

新鮮な未亡人あります。

 オビにそう書いてある。近親者の葬儀のために碁盤の目のような道を急ぐうら若き女性。急いでいるのだが、なかなか目的地に辿り着けない。と、ほかにも道に迷っている男性、女性数名、いっしょに走っているうちに喪主まで出てきて、よかったよかった、喪主なら葬儀の場所を知っているだろう。と思いきや、喪主も道に迷ったのだという。喪主が道に迷うなんてことがあるものか、怪しい! 何が怪しいものですか、わたしはこの町に来てまだ一ヶ月、道に迷って当り前、そういうあなたこそ誰なのよ、親戚にも友人にもあなたのような人がいるなんて聞いたことがないわ、わかった、あなた未亡人荒らしね。なにを馬鹿なことを。横の女性が、なに、その未亡人荒らしって? 知らないのあなた、未亡人の悲しみにつけこんで近寄り、奥さん奥さんそんなに気を落とさないで、なんて言いながら襟の合わせ目から手を入れ、キャーなにをなさるのです。奥さん、亡くなった人のことは早く忘れるのです。いけませんそんなこと、ああっ、夫の遺影の前でそんな、でも、それがとても背徳的でグー!
 そんなようにして始まる「大葬儀」を筆頭に集めた、奇劇漫画家カゴシンタロウ粉骨砕身傑作短篇集(オビのキャッチコピー)が『大葬儀』だ。表題作のほかに八つ入っている。
 何でも輪切りにしたがる男が出てくる「DISC」では、なんでもかでも輪切りにし、その穴に自分のものを突っ込む。女体を輪切りにし、下半身裸になった男は、10センチほどの厚さになった女体の腰を裏から自分にあてがってみたりする。「遠目塚先生の優雅な愉しみ」では、過敏肌の会なるものがあって、肌の弱みを積極的に楽しもうとする主旨なんだそうだ。その会の会員は、保湿クリームなどは厳禁で、わざと皮膚を乾燥させ、風呂には入らず睡眠時間を減らし仕事でストレスを溜め、痒くなってきたら、ひたすら掻く。掻き毟る。道具を使ったり、会員同志、痒いところを擦り合わせたり…。まあ、読んでいるとこっちまで痒くなること必至!
 普通なら著者・駕籠真太郎と書くべきところ、喪主となっている。葬儀だから喪主なのだろう。そうとう変わった漫画だ。いま、左手の甲が痒くなったよ。

『悲しい本』

 変わったタイトルの絵本だ。
 日曜日、二十年前からたまに行く本屋さん(あの頃は息子がまだ小さく、クルマを道路の脇に停め、肩車をして本屋に通ったものだ。息子は、ほかの子と同じように肩車が好きだった)に入ったら、入口近くの「最近出た本」のコーナーに三冊、置かれてあった。
 谷川さんが訳しているから手に取ったのかもしれない。変わったタイトルの絵本だからかもしれない。ちょっぴり悲しい気分だったからかもしれない。三つ合わさって、だったかもしれない。
 1ページ目を開いたら、眼がぐりっとした、ひげもじゃの男がニカーッと笑っている絵が描いてある。どうしたのだろうと思ったら、下にこうある。
「これは悲しんでいる私だ。/この絵では、幸せそうに見えるかもしれない。/じつは、悲しいのだが、幸せなふりをしているのだ。/悲しく見えると、ひとに好かれないのではないかと思って/そうしているのだ。」
 そうか、そういうことか。
 絵本だからすぐ読める。でも、ここに描かれた悲しみはそう簡単には読めない。絵本を読んで気づかされるのはむしろ自分の悲しみ。カネやオンナに溺れるということがあるけれど、悲しみに溺れることもある。歳をとるにつれ、そのほうが多くなった気もする。深く大きな悲しみには太刀打ちできない、溺れるのが関の山だ。でも、たまには、絵本の中の男がするような仕方で、じっと、自分の悲しみをみつめるのはどうだろう。それしかないかなと思えてくる。今流行りの喫茶店でおしゃべりしている男たちだって、自分の悲しみまではしゃべっていないのだろう。しゃべる言葉をみつけるのはむずかしそうだし、そもそも名付けられない悲しみもあるはずだから。
 変わったタイトルの本だけど、いい絵本だと思った。