全身写真家

 午後出社したら、編集長武家屋敷ノブコが助手となり、すでに暗幕が張られ、部屋が写真スタジオと化していた。
 写真家・橋本照嵩は常に完璧を期す。腰をぐっと落とし、足裏を床にペタリと貼り付かせるようにして立つ姿は独特で、32点の葉画作品の撮影に結局丸々8時間を要す。かつて膨大な韓国李朝民画を撮影したこともある橋本さんは、作品の質感まで写し取る。操作される光のなかでシャッターを切る音だけが静かに鳴り響く。呼吸するのも憚られるほどの緊張感だ。
 今回は徹夜にはならなかったが、以前、撮影に同行し岡山に行った折、寝る間も惜しんで撮影しているというのに元気のオーラが漲るようで、この人は全身写真家なのだと思った。東日本テレビ開局30周年記念特別企画、北上川をリヤカーで撮影行脚する橋本さんの90分ドキュメンタリー番組は4月放送とのこと。ピンコピンコピンコピンコのあの独特の口三味線瞽女歌も番組の中で披露されるとか。♪向こうに見えるお山はなーに♪ か。
 子どもの頃、祖父が牽くリヤカーによく乗せられたそうだ。だから、自分の目線はリヤカー目線なのだと。リヤカーに揺られながら見た驚きの世界と震えが写真家橋本をつくった。

地鶏

 飯島耕一短篇小説傑作選『ヨコハマ ヨコスカ 幕末 パリ』の装丁用にと頼んだ写真を携え、フォトジャーナリストの佐藤文則氏来社。夕陽に染まる埠頭に遠く佇む男の背中をとらえたその写真は、孤独と甘美と未来を指向し、雑音を廃したキーンという澄んだ音が聞こえてくるようだ。聞けば氏は、アメリカに20年住んでいたとのことで、9.11の後、日本に戻ってきた。昨年10月に出た飯島さんの傑作詩集『アメリカ』の表紙カバーと口絵につかわれた写真も佐藤氏の手になるもの。
 これは素晴らしい本になるとの予感!
 夕刻、前の仕事が伸びたとかで、2時間遅れで旧友にして写真家の橋本照嵩氏来社。平沢豊写真展‘OTHER VOICES’の時に宗教学者の中沢新一氏と話している写真を貰う。中沢氏に身振りを交え熱弁をふるう姿が我ながら可笑しい。
 撮影の仕事で来てもらったのだが、遅いし、翌日(すなわち今日)改めて、ということにし、急遽何度めかの新年会を開くことに。
 橋本さんを見ていると、つくづく地鶏っぽいなあと思うのだ。彼がいると、体の底がなんだか沸き立ってくる。すなわち、コケコッコーは都会のオノマトペ。地鶏の鳴き声を片仮名表記するなら、オエオッオオオオオオオオオッ!!! といったところか。元気が出る。だから、思わず、オエオッオオオオオオオオオッ!!!
 ギョロ眼をグルリと回し、口をすぼめてうひょひょひょひょひょ…と笑うのなども、妖怪っぽくって、いいんだな。

M君

 わたしもマリリン・モンローもMだが、そうではなくて…。
 大学時代の友人で政府系金融機関に勤めているM君に電話。現在彼は新潟県長岡支店長だ。年賀状から、今回の地震後の対応に追われ、とても忙しくしている様子がひしひしと伝わってきたからだ。
 短い時間だったが、M君の溢れる思いが電話口から聞こえてきた。なかでも、「都会で会社経営するのと地方のそれでは意味あいが違う」の言葉に、彼の万感の思いが篭められていると感じた。
 M君はとにかく優秀な男で、大学卒業の時、彼から就職先を聞いて、わたしは正直なところ「なにソレ?」という感じを持った。いまなら、自分で会社を始め、M君の所属する金融機関の世話にもなっているから、自分の体験からその有難味がわかる。しかし、学生の頃、金融機関なら日本銀行じゃねーかぐらいの単純脳足りんな頭のわたしには、父親が商売をしていてその苦労を肌身で知っているM君の気概がわからなかった。
 今回の天災に際しM君が、かの地の支店長であることは、いわば彼にとっての天命であったかと思うのだ。
 ここに詳しく書くことは出来ないが、かつてわたしは、勤め先がらみで民間の銀行とのトラブルに巻き込まれ、困ったことがあった。その時助けてくれたのがM君だ。
 彼は、わたしのために自分の勤め先を一日休んで(!)当の銀行に駆けつけてくれた。それも、肩書きなど一切言わず、わたしの友人としてそこにいることを宣言し、わたしなど見たってさっぱり解らぬ書類に目を通し、適切な処理をしてくれた。相手の銀行マンは眼を丸くしていた。問題が解決し、帰りがけ、近くのレストランに入り一緒にビールを飲んだ。
 「M君、きみは学生のときから堅実だったね。学食でも、欲望に弱いぼくが合計400円を超すような小皿をトレーに並べても、きみは学生の分を守り贅沢をせず、絶対300円以上にならぬようにしていた。好きな煙草はチェリーだったね」
 ニコニコ笑いながら黙ってわたしの話を聞いていたM君が、言下に、
 「ぼくが本当に堅実なら、君とは付き合っていないよ」
 確かに。仰る通り。あはははは…(涙)
 春風社立ち上げの時からしばらく会社のいろいろな数字もM君に診てもらった。
 ある時、秋田に帰ったら、M君から父宛てに手紙が届いていたことを知らされた。大事にしまっておいた手紙を父に見せられ、涙が溢れた。会社を立ち上げた息子を心配しているだろうとの配慮から、わたしに内緒で父に手紙を書いてくれていた。有難かった。
 「桜木町に移ってからまだ一度も訪ねていないので、今年は必ず寄らせてもらうよ。電話ありがとう」
 健康にくれぐれも留意するように伝え、電話を切った。

ホーミタイ

 年末、サザンオールスターズの新曲が街から流れてきて、お、耳に残る覚えやすい曲だなと思っていたら、だんだんと耳から離れなくなった。昨年フジテレビで放映された『大奥 第一章』の主題歌とかで「愛と欲望の日々」がそのタイトル。
 ドラマのほうは見ていないので何とも言えないが、歌は、メロディーはノリが良くても、歌詞のほうは桑田さんらしくちょっと退廃的でちょっとエッチ。「東京」もそうだったが、最近の桑田さんの歌詞は、地球外から人間の蠢きを慈しんで捉えているような切なさが感じられる。
 一番の歌詞は、Going up to “狸穴天国”で始まる。桑田さんはこれを「まみあなパラダイス」と読ませている。耳だけに頼るなら、ゴーイナプタまみあなパーラダイとしか聞こえない。「まみ」を『大辞林』で引くと、「アナグマの異名。また、タヌキ。」と出ている。狸穴=まみあな、という語をつかんだ時に、この歌の歌詞もメロディーも大きくは世界も決定付けられたのではないだろうか。
 “ホーミタイ”はサザンの歌にはよく登場するフレーズで、普通なら、Hold me tight の意味を当て、そう発音している。ところが「愛と欲望の日々」では、Hold me tight ではなく「阿呆みたい」。
 それなら「阿呆」の「阿」はどうなるのかといえば、これが巧く出来ている。この箇所の歌詞一行を丸まる引用すると、「嗚呼 愚痴など吐いたら阿呆みたい」である。「吐いたら」の「ら」がraで、「阿呆」の「阿」と同じ a音でつながる。だから、「阿呆みたい」もホーミタイでいいのだ。巧い! さすが! こういう工夫が独特のリズムとノリのよさを生むのだろう。
 でも、ほんとこの世はホーミタイ。Hold me tight も阿呆みたいも。

いよいよ義経

 小社は今日が仕事始め。本年もよろしくお願いします。
 9日(日)からNHK大河ドラマ「義経」が始まるそうで、世は正に義経ブーム。東北新幹線の座席ごとに置かれているフリーペーパー「トランヴェール」の特集が「みちのくの義経」で、電車の中で読むことを念頭に作られているためか、要領良くまとめられており、歴史に詳しくない人間にとっては誠にありがたい。「ご自由にお持ち帰りください」とあるから、言葉通り持って帰ってきた。
 保土ヶ谷の自宅に帰りテレビをつけたらタッキーが出ていた。上戸彩さんも。オロナミンCのコマーシャルじゃなく、NHKの番組。日本人にとってのヒーロー像について、どちらかというと若者を意識した構成になっていた。
 さて、間もなく小社から『大河ドラマ「義経」が出来るまで』が刊行される。ヒーローもドラマも本も人間が作る。すべては携わる人のなかにすでにあるものだ。ディレクターの黛りんたろうさん始め、スタッフ一同が大河ドラマ「義経」にどんな思いを込めたのか、ドラマをいっそう楽しく観る上でぜひ読んでもらいたい。いよいよ決戦の時! 方々、参る!!

同級会

 幼馴染数名がそれぞれ秘密を持ち寄り集まった。愉快で人に話したくてうずうずするような蜜の味、あまり愉快でないほろ苦い渋茶、何でも溶かすぎりぎり酸っぱい黄色の液体。秘密の味はいろいろ。わたしはどんな秘密を持って参加したろうか。自分が一番よく知っているつもりでも、他人が見たらまた別。秘密がそれぞれの顔を作っている。
 カラオケを歌ったり昔話に興じても、住み込みの秘密がふっと顔を覗かせ、主人を放さない。俄かチークダンスを踊ったって、秘密同士が互いの顔を見て微笑むばかり。事態は好転の兆し無し。
 12時を過ぎ、シンデレラでもあるまいにそれぞれ寝屋に帰っていった。
 また来年。うん、また来年。笑ったのは誰?

恒例

 正月2日は、親戚一同が我が家に集まり、おせち料理を食べながらカラオケに興じるのが最近の習いとなっている。
 腰の痛い母を助け、わたしが蟹玉と回鍋肉と海老餃子をつくった。田舎のこととて、普段食べなれないらしく、皆、喜んでくれた。男鹿の叔父は例によってブリカマをどっさり煮付けてきてくれた。叔父は数年ごとにいろいろなものに懲る性格で、ある時は習字、ある時は盆栽、ある時は果実酒、そして今はカラオケとブリカマだ。
 カラオケは今流行りのマイクに、歌の入った薄いチップを挿入する式のもので、叔父はわたしが帰る前になると必ず電話をしてきて、この頃歌っている歌は何かと訊いてくる。1曲2曲はだめで、5曲ほど所望されるから結構苦しい。そんなに新しい歌ばかり覚えていられない。仕方がないから、古い歌でまだ皆の前で披露していない歌のタイトルを告げる。叔父はこちらが希望した歌をメモし、業者に新しいチップを頼むらしいのだ。叔父は、収録曲のリストを綴った自前のカラオケ本まで用意して持ってくる。表紙まで付けて! 几帳面な叔父の面目躍如。
 身内のことを褒めるのはどうかとも思うが、とにかく皆歌が上手い。五城目の叔父は、いつもは少々酔っ払いすぎて本来の上手さが出ないのだが、今回の「山のけむり」は格別。春五月、祖母が山菜を採りに入って行く山々が目に浮かぶほど出色の出来だった。
 歌手になりたくて東京に出たことがあったという話を何度か叔父から聞いたことがある。父からも同じ話を聞いたから、本当なのだろう。
 わたしもカラオケが好きで、相当カネも注ぎ込んでいるが、弟にはどうしても敵わない。弟はいつも自信たっぷりに歌う。