スーちゃん

 

 カッチ山朧に霞む卯月かな

キャンディーズのメンバーだった田中好子さんが亡くなりました。
五十五歳だそうです。
ヤフーのトピックスで知りました。
田中さんは、キャンディーズ時代、
スーちゃんの愛称で呼ばれていました。
ラン、スー、ミキの三人で、
初めは確かスーちゃんが、
真ん中で歌っていたように記憶しているのですが、
そのうちランちゃんが真ん中で歌うようになったような…。
真ん中で歌っていたからなのか、
わたしも当初スーちゃんがお気に入りでした。
でも高校生になり、ものごころがつき、
いや、
ものごころはとっくについていたはずですから、
思春期になって、とでもいうのでしょうか、
ランちゃんに好きの対象が移っていきました。
この移行を経験した男性は、
少なからずいたのじゃないでしょうか。
今朝一番でスーちゃんの訃報を知り、驚きました。
ご冥福をお祈りします。
*
写真は、まるちゃん提供。

 スーちゃんに憧れていた友もあり

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眠くなると

 

 春の朝句を考へて眠くなり

朝読む本、車中読む本、
夕飯後読む本を決めていますが、
夕飯後は、
一日の疲れも手伝ってか非常に眠くなります。
いつの間にかうとうとし、
同じ行を二度三度と読むことなどあたりまえ、
眠ってなるものかと眼をカッと開け、
歯噛みをし四度目の同じ行を上から読み始めると、
とんでもないイメージがパッと頭に浮かぶことがあります。
どんなのかといえば、
いきなり自分が樹の上で寝ているとか。
風が吹いてきて気持ちいいなあ。
お。向こうのお山から煙が出ているぞ。
かと思えば、
歯医者で奥歯を抜いてもらっていて、
抜いた瞬間にポコッと下からタケノコのように歯が生え、
医者が慌ててそれを抜くとまた生えてきて、
抜くと生え、抜くと生え、抜くと生え、
ルフトハンザ、
きりが無く生えてくるとか、
たとえばそんなシーン。
それはそれで面白いのですが、
そんなことまでして読み続ける必要があるのかと自問し、
無いと自答し床に就く今日この頃です。
*
写真は、まるちゃん提供。

 春うらら新聞広げ昼寝かな

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拡大鏡

 

 春霞吸ふて育つや山の菜

ちょうど齢五十を過ぎた頃から老眼の傾向が現れました。
同期の友人に尋ねると、
だいたい似たり寄ったりですから、
年相応というところでしょう。
メガネを外して近づければ、
細かい字も読めるのですが、いちいちそうするのは面倒臭い。
面倒と糞は臭いに決まっていますが、
実に面倒臭い。
だから家にも会社にも、
手の届くところに拡大鏡があり、
必要に応じて使います。
年々使う頻度がふえています。
先日、パソコン画面に拡大鏡をかざし、
「鬱」みたいな画数の多い字を見ていたら、
オカピーがつつつと寄ってきて、
コントロールキーを押しながら、
マウスの中央にあるローラーを回すと、
画面表示が大きくなることを教えてくれました。
それにより、
拡大鏡を使う頻度が大幅に減りました。
*
写真は、まるちゃん提供。

 我もゐて苗を放りし田植かな

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今も昔も

 

 汚れ取るはずが汚れて春の雨

『南総里見八犬伝』もいよいよ第九輯、最後の輯です。
とは言っても、
第一輯から第八輯を合わせた分量と第九輯が同じくらいですから、
やっと後半に入ったような具合。
さて、その巻之十六に面白い文章がありました。
〔  〕の中に本文より小さめの文字が並んでいます。
どうも馬琴先生の繰り言のようです。
〔桑田郡を初輯第八回犬懸村の段に筆工謬て桑田村に作れり
只この謬のみならず第一輯には総目録にすら誤字あり脱字あり
本文にも毎巻誤字と、てにをはを誤れる者少からず二輯三輯にも亦多かり
当時の板元校合なほしの等閑なればなり〕
桑田郡が桑田村になっているだけじゃなく、
目次にも誤字脱字があり、
本文にも巻ごとに誤字はあるし、
「てにをは」を間違えている箇所が多い。
それは出版社が校正を怠ったからだ、というわけです。
馬琴先生のトホホの声が聞こえてくるようではありませんか。

 田を植ゑし母の背中のフの字かな

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沈まざる未来を

 

 ハッと覚め今日は休日朝寝かな

森清さんという方からメールをいただきました。
森さんは、弊社が刊行した『沈まざる未来を』(上田薫)
をアマゾンへ注文してくださり、
それが先月11日の朝に届き、
午後になって読み始めたそうです。
「まえがき」の
「人類はこれからも無事に生存を続けることができるだろうか。…」
を読み進めていたところ大きな揺れを感じて、
本を閉じ玄関の戸を開けたそうです。
「不思議な縁で本書を読んだものと思う」と、
アマゾンのコメント欄に書いてくださっています。
おなじく「まえがき」で上田先生は、
「科学の発達は人間に幸福をもたらすはずだったが、
そこに根強くひそんだ“ひとりよがり”が、
救いがたい矛盾をつくり出してしまったのだと思う」
と、今回の人災の根本をずばり言い当てています。

 用無くももったいなきは春日かな

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カフカの生涯

 

 ぽかぽかとせいろ天丼花見かな

そういうタイトルの本。
池内紀さんの本です。
そのなかに、
次のような言葉があります。
「第一次大戦中、カフカは奇妙な行動をとっている。
つまり彼は、いかなる奇妙な行動もとらなかった。」
トーマス・マンが「非政治人間の政治的考察」という
時局論文を発表し、
ヘルマン・ヘッセが反戦のペンを執り、
詩人リルケが戦時報道局に勤務しているのに、
カフカは、
「まるきり戦争がないかのようにふるまった」そうです。
「いかなるきわだった行動もとらなかった点で、
このプラハの小官吏兼無名の作家の日常はきわだっていた。」
そんなふうに生きたいとも思いますが、
この国の首長(だけではないですが)の顔を見るたび、
むかむかしてきて、
平常心で居られなくなります。

 見上げれば亡びとともの桜かな

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電車本

 

 ブランコを今年は一人漕いでゐる

電車の中で読む本を、まあ仮に。
JR保土ヶ谷駅から横浜駅まで一駅、
横浜駅から桜木町駅まで一駅ですから、
往復をあわせても数ページしか読めません。
キリが悪いときは、ホームに降り立ち、
キリのいいところまで読んでから階段に向かいます。
それはともかく。
今は、藤井貞和さんの『古文の読みかた』を読んでいます。
岩波ジュニア新書。
巻末にある「岩波ジュニア新書の発足に際して」に、
こう書かれています。
「きみたち若い世代は人生の出発点に立っています。
きみたちの未来は大きな可能性に満ち、
陽春の日のようにひかり輝いています。」
きみたちきみたちきみたちと、全部で六回出てきます。
五十代のわたしは、そのたび緊張します。
中高生対象を読者対象に作られたシリーズでしょうから、
仕方ありません。
でも、そういう方針ですから、
たいへん分かりやすく、勉強になります。
例えば、係り結び。
ぞ、なむ、や、か、こそ、
なんてお題目みたいに唱えて試験に臨んだあれですが、
これについて藤井先生いわく、
「係助詞は、強意をあらわすというより、
緊張をみちびくものといったほうがよろしい。
文を荷作りするものだ、と考えたらいいと思います。」
よろしい。なるほど。
よろしい、なんて言われると緊張します。
だから文が締まって感じられるんだ。
こういうのを啓蒙書っていうんでしょうね。

 葉桜は桜の種類じゃないんだよ

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