夢うつつ

 

 新緑や横須賀線の眠さかな

連休を挟み二週空いた横浜気功教室が、
また始まりました。
馴染みのお顔あり、初めてのお顔あり。
朱剛先生は、
奥様と一歳のお子様を伴い、
十日間ほど上海に帰られたそうで、
ベビーカーを列車に持ち込むと、
それを中心に、
乗車している人びとの気配が変ったと、
気功の先生ならではと思われる感想を洩らしておられました。
ベビーカーの中の赤ちゃんは、
夢とうつつの狭間で揺れていたのでしょう。
気功は体操とちがい、
気功体になって行うことが重要だと
先生はよくおっしゃいます。
気功体というのは、
ひとことで言えば夢うつつの状態であると。
たしかに、その状態で、
体を動かすのではなく自然と体が揺れる段階に至れば、
なんともいえない心地よさに充たされますが、
さらに心地よさが高じると、
馬のように立ったまま眠ってしまいます。
夢うつつのはずが、
つい、夢に落ちてしまいます。
ここらへんがとても微妙で難しい。

 東海道ここに泊まれとホトトギス  野衾

詩について

 

 雲間より光りさざなみ五月かな

四月二十七日に春風社で行われたトークイベント、
「『ことばのポトラック』をめぐって」~よこはま 本への旅~
がヨコハマ経済新聞に掲載されました。
詩人の佐々木幹郎さんをゲストにお迎えしての、
静かで、深く、熱い、夜のひとときでした。
あのときの興奮と感動と余韻が、
まだわたしの体に残っています。
形を変えながら、
これからもずっと残っていくでしょう。
それぐらい、
特別な時間でした。
終ってから、
中学三年生のひかりちゃんと、
小学五年生のりなちゃんが、
ベランダにおられた佐々木さんのほうへつーと寄っていき、
なにか話したそうにしていたら、
佐々木さんのほうから声をかけられた。
その呼吸が絶妙で、
時が輝き、
一瞬、
停まったようにさえ感じられた。
子どもは、
本当に感動すると、
ああいう仕草をするものだと思います。
自分に大事なものをくださったひとのところへ行き、
そこにしばらくたたずんでいたくなる。
ありがとうでは足りないありがとうを、
佐々木さんに直接伝えたかったのでしょう。
この記事をまとめてくれた池田智恵さん、
そして、
ていねいに校正してくださり、
あの時間になにが話され、
会場でなにが起こったかを吟味し、
最後の磨きをかけてくださった佐々木幹郎さん、
ありがとうございました。
ヨコハマ経済新聞に掲載された記事は、
コチラです。

 雲散らし光り溢るる五月かな  野衾

ウミガメ!?

 

 新緑に溶けて中まで光りをり

専務イシバシが電話口で戸惑いながら、
「あのう、読み方が分からないのですが、
ウミガメさんというのでしょうか、
そうです、はい、そのウミガメさんいらっしゃいますか?」
と話すのが聴こえました。
彼女の机は、
わたしのすぐ右手にありますから、
よほど仕事に集中しているときでもないと、
何を話しているのか聴こえます。
ウミガメさんかあ。
世の中には変わった名前があるものだなあ。
ウミガメさんがいるってことは、
サワガニさんもいるのかな。
ヤマザルさんとか。
それから、
カワエビさん。
昨日、
連休明けの九州出張報告があり、
木のテーブルを囲み、
みな神妙な面持ちでイシバシの報告に耳を傾けましたが、
事前に渡されたプリントに目を落としていたら、
海金という文字に目が留まりました。
海金、ウミガネ。
そうか。
ウミガメじゃなく、ウミガネか。
だよね。
ウミガメはないよな、
人間なんだから。
サワガニ、ヤマザル、カワエビの夢も潰えました。

 汚れてもいのちみなぎる五月かな  野衾

夢に倍賞千恵子

 

 二日酔い早く起きよとホーホケキョ

会社が入っているビルに戻ると、朝から催し物のために来ていた高校生らがあちこちでたむろし、高校生のクセに煙草をすぱすぱ吸って、灰は撒き散らすは、高調子でくだらぬ話に興じるはで、馬鹿野郎この野郎死んじまえと思いながら、エレベーターを使わずに階段を上っていったら、ものすごい数の人間が避難していて、避難しているところをみると、どうも何かあったらしく、わたしはどこへ向かっているか分からぬままに急いでいた。そうだ。教室に行ってみようと思い立ち、さらに上階へ向かうと、ベージュのコートを身にまとった武家屋敷が、雨が止んできたからこれから家に帰りますなど言い、あ、そ、俺は帰らねーよ、で、小さな和室にたどり着くと、そこに倍賞千恵子がいた。おばちゃんも。倍賞千恵子は今ほど年取ってなく、かといって、寅さんシリーズの第一回に出てきたほど初々しくはなかった。
そばに寄るといい匂いがし、ぼくは思わず倍賞千恵子を抱きしめた。思ったよりも肉感があって、押し返してきた。嫌がる風ではない。いい匂いはまだ続いている。体を離したら、左上の犬歯が虫歯だったのを思い出し、摘まんでみたらぐらぐらしだし、倍賞千恵子に気づかれぬようにそっと抜いた。そうしたら、一本抜けたことにより、連鎖したのか隣りの歯もそのまた隣りの歯も抜けてきて、全部抜けてくるような心もとなさを感じた。ふと見ると、どこから現れたか老婆が三人、にやついて、体操とは思えぬ体操をそれぞれ行っている。光は少し変化したようだ。ぼくは行くべき場所も、目的も、すっかり失念していた。

 保土ヶ谷の谷に木霊すホーホケキョ  野衾

マハーバーラタ

 

 ブルーベリーより効く目には青葉かな

山際素男編訳『マハーバーラタ』(三一書房)の刊行にあわせ、
出るたびに買っていたものの、
文字通りの積読になってしまい、
本棚の場所塞ぎでしたが、
一念発起しやっと読み始めました。
ところが戦闘シーンがやたらに長く、
クル軍とパーンドゥ軍の他部族を巻き込んでの
十八日間の戦さを描くのに、
全九巻のうち五巻を費やしています。
それってどうなのよ。
いま六巻目で、
戦さがようやく終りホッとしました。
本筋の物語とは関係ありませんが、
何度も出てくる表現で、
相手に対する親密さや愛情を表現するのに、
「頭を嗅いで」という言葉があります。
なにやら獣めいています。
最初見たとき、
なんだこれはと思いましたが、
たびたび出てきますから、
インドにはそういう風習があったのかもしれません。
(ひょっとして、いまもどこかで行われていたりして)
いろんな愛情の示し方があるものです。
それから、
これも物語とは関係ありませんが、
比喩で「心のように速く」という表現がよく出てきます。
これも古代人のものの捉え方が偲ばれて、
面白いと思います。

 目をつむり切通し越ゆ青葉かな  野衾

イシバシ節炸裂

 

 万緑の中や吾の歯が痛い

久々の専務イシバシ話。
イシバシ、ゴールデンウィーク明け
すぐに九州方面へ営業に出向きました。
九十九里浜出身ならではの漁師的感を働かせ、
あちらこちらの大学を訪問し、
仕事を取ってきました。
自分なりにも満足し、
少し足を伸ばして大好きな
平戸島に一泊しようと思い立ち
はしたものの、
宿を探してもなかなか見つからず。
人に訊くか調べるかして、
平戸○○ユースホステルというのがあることを知ったイシバシ、
ふつうユースホステルというのは
若者が泊まる宿との認識はあったが、
平戸島でどうしても一夜を明かしたい。
タクシーを駆って本土から平戸大橋を渡り一路平戸島へ。
が、
いくら探しても平戸○○ユースホステルが見つからない。
いや、そんなことはない、きっとあるはずだ。
どこだ、どこだ、どこだ。
でも、やっぱり、どこにも見当たらず。
精も根も尽き果て、
平戸○○ユースホステルに電話。
「あの~、いま、平戸島にいるんですけど、
いくら探しても平戸○○ユースホステルが見つからないんですけども…」
「え。あ。平戸島にはありませんよ」
「なぬっ。平戸島にないんですか」
「はい」
「だって、平戸○○ユースホステルでしょ」
「はい」
「平戸○○ユースホステルが平戸になくて、どこにあるんですか」
「本土のほうにあります」
「え。本土にあるんですか」
「はい」
「おかしいでしょ。平戸○○ユースホステルというから
平戸島にあると思うじゃないですか。
タクシーを飛ばしてわざわざ本土から来たんですよ」
「そうでしたか。恐れ入ります」
ということで、
イシバシ、
またタクシーを駆って本土にある
平戸○○ユースホステルに向かったのでした。
その話をイシバシ本人から聞き、
彼女の口吻とつりあがったまなじりが目に浮かぶようで、
野毛の通行人たちが振り向くほど呵呵大笑、
笑わずにいられませんでした。
*
下の写真は、“博多一の料亭”と名高い「とり市」でイシバシが撮影した稚鮎。
フランスの名匠ルコント監督の小説『ショートカットの女たち』『リヴァ・ベラ』
の翻訳者桑原隆行先生との会食にて。
(対応してくれたくるみさんがたいそう可愛かったそうです)

 新緑や滴をあつめ洗ひたし  野衾

大衆割烹尺八

 

 青葉より光零るる三渓園

きのうの昼休み、
清野とおるさんの漫画『東京都北区赤羽』③
を読んでいたら、
赤羽時代にほぼ毎日通っていた「大衆割烹尺八」
の看板が描かれていて、
嬉しいやら、懐かしいやら。
いやはや驚きました。
十年間の幻が現実となって眼に焼きつきました。
店の名前「尺八」は「たけ」と読みます。
ご主人の川俣さんは山形県ご出身。
琴古流尺八の名人で、
たしか人に教えてもいたはずです。
以前勤めていた会社の社長の大のお気に入りで、
仕事の打ち合わせで赤羽に来られたお客様をよく案内しました。
昨年春風社から本を出した紀田順一郎さんとも、
教育者の大村はまさんとも、
「尺八」の店で、
山形名物玉コンニャクを頬張りながら、
お話させていただきました。
懐かしい。
数年前、
スナックで働いているゆいちゃんから電話があり、
「尺八」が閉店することを知りました。
出勤前のゆいちゃんは、
「尺八」の店から電話をくれたのでした。
電話を替わった「尺八」のマスターと互いの労をねぎらい、
最後にマスター曰く、
「元気だったら、またどこかで会おう」
最終日とあって客でごった返し、
ゆっくり話ができず、電話を切りました。
出版の企画で、
日本の童謡を尺八で演奏してテープに吹き込み、
本のオマケとして付けるため、
日曜日に一日かけ、
わたしと二人で収録したことがありました。
夜になってようやく終り、
へとへとになったマスターがポツリポツリと、
「く・ぢ・び・る・が・う・ご・が・ね・ぐ・な・た」
笑ってはいけない場面でしたが、
鬼瓦みたいなマスターの顔の
唇だけが別の生き物みたいに紅潮していて、
笑わずにいられませんでした。
懐かしい。

 言はねどもパッと物言ふさつきかな  野衾