約束

 

・鎌倉へ金沢からの道の秋

全十巻の
『新井奥邃(あらい おうすい)著作集』が
二〇〇六年に完結したとき、
それを記念し、
民俗学者また歌人としても名高い、
今年惜しくも他界された
谷川健一さんと対談(対談の内容は別巻月報に収録)
する機会がありました。
対談の最後、
谷川さんにお礼を申し上げたあと、
わたしは
「全巻そろったところで、
今度は編集者としてでなく一読者として、
ぼくはもう一度奥邃を読み返すつもりです」
と宣言しました。
それから七年目にして、
昨日、
自分との約束を
ようやく果たすことができました。
鉛筆で線を引いたり、
付箋を貼ったりしながら
緊張しつつ読みすすめてきましたが、
何よりもまず感じたのは、
字を大きくしておいてよかった
ということです。
いちいちメガネを外す必要がなかった。
これなら、
もっと歳がいってからでも読めます。
今回読んでみて、
奥邃のもとに集まった人びとに
編集時にもまして
さらに興味をおぼえましたが、
とくに、
わたしが今年前期に講義をした
十文字学園女子大学の創立者・十文字ことの夫、
十文字大元がその一人であったことを確認し、
驚くと共に、
ご縁の不思議を
感謝せずにはいられませんでした。
十文字大元と奥邃とのかかわりを
いまの学長に伝えたところ、
学長もご存じなかったらしく
驚かれておりました。
十文字大元は、
宮城県遠田郡出身の実業家です。

・かさかさと秋をささやく能見台  野衾

香水

 

・無私の道内外(うちと)掃除の冬日かな

突然ですが、
わたしの自慢は、鼻です。
かたちとかではなく嗅覚。
言うところの匂いに対して割と敏感、
だと思います。
きのうのことです。
JR保土ヶ谷駅から
国道一号線沿いの歩道を歩き
保土ヶ谷橋へ向かう途中、
わたしは突如聞きおぼえ、
でなく、
嗅ぎおぼえ(!?)
のある匂いにハッとして横を見ました。
今まさに
妙齢の女性が
わたしを追い越していくではありませんか。
こ、こ、この匂い!
んーーー???
んーーー???
そうだ。
わかったぞ!
カブトムシがスイカの皮を食べたあとでオシッコをする、
そのオシッコの臭いだ!
たったったったったっ……。
「あのー、
カブトムシがスイカの皮を食べたあとでオシッコをする、
そのオシッコの臭いの香水、
なんというのですか?」
って、
まさか訊けるはずはない。
でも、
やっぱり気になり、
少し、
数メートル、
追いかけました。
間違いなし!
たしかに、
カブトムシがスイカの皮を食べたあとでオシッコをする、
そのオシッコの臭い(しつこ!)でした。
その臭いを純化させたとでもいうのか。
そうか。
オシッコの臭いも純化させると、
いい匂いに変化するのか。
臭い→純化→匂い。
大発見!
かもしれない。

・柿剥きはこうやるのだと教へ食ふ  野衾

男物!?

 

・富無くも食へば富有り富有柿

世の中に、
アンチエイジング大賞なるものがあるそうで。
知りませんでした。
新聞に出ていました。
わたしは今月が誕生月で五十六歳になります。
それなので、
エイジングやら
アンチエイジングやらに
どうもこのごろ目が行ってしまう。
いかんいかんと思いながら、
つい。
真矢みきさんのスタイルのいいこと!
(写真参照)
そう思ったことが
そもそもの誤りの初め、
かつ、
重大な誘因になっていたと
後から反省しました。
さて前置きが長くなりました。
本文のその箇所を引用してみます。
「生き生きと年齢を重ねている著名人に贈る「第7回アンチエイジング大賞2013」の授賞式が東京都内で開かれ、男性部門に俳優の岩城滉一、女性部門は真矢みきが選ばれた。
あいさつに立った岩城は「光栄です。きょうを境にまた頑張ってしゃれた“おじい”になっていきたい」と宣言。真矢は「思いがけない賞を頂けて大変うれしい」と喜び、食事で心掛けているのは「男物などを一番に食べるようにしています」と明かした。」
さあ、上の文の間違いを探してください。
はい! 正解!
そう。
「男物」でなく「果物」
でもね。
言い訳をさせてもらうと、
写真が男と女でしょ。
それも「いい」男と「いい」女。
そして真矢さんの
きれいなお御脚でしょ。
さらに決定的なのは、
「果」と「男」では字のかたちが似ている!
このことを太文字ゴチックで声を大にして言いたい。
いくつかつぎつぎと
連鎖反応を起こし、
結果
「男物などを一番に食べるようにしています」
と読んでしまったというわけ。
アンチならぬ、
わたしのエイジングはかなり進んでいるようです。

・寒き日や疼きて我は生きてをり  野衾

靴

 

・柿赤し手にたつぷりの重さかな

出版社でよかったと思うことの一つに、
ラフな格好でもよいことがあげられます。
着るものもそうですが、
履くものも。
このごろは
もっぱらワークブーツを履いて出社。
また、
今年の社員旅行では、
金沢文庫から天園をぬけ北鎌倉へ、
昼食をとりさらに長谷まで歩きました。
社員旅行で十六キロも歩くのは異例だと思いますが、
なんでそんなことになったかと言えば、
いくつか
わたしなりに理由はありますが、
このごろの靴愛好家としての虫が疼いたことも
その一つだったことは否めません。
靴を磨いていると、
これ履いてつぎどこ行こうかな
と、
いろいろ想像がふくらみます。
それも楽しい。
社長の趣味に付き合わされる社員が気の毒
とのご意見もありそうですが、
無視(笑)
さて来年はどちら方面を歩くかな、
なんて。

・身不知と富有と並ぶ函の柿  野衾

机上

 

・遠くより柿の届きていただきぬ

整理整頓と子どものころから言われてきましたが、
それほど得意なわけではなく、
右のものを左へ、
左のものを右へ
移動させて済ませています。
移動させているうちに、
もはや必要のないものが混じっていることに気づき、
その場合はポイと捨て。
いつの頃からか、
仕事を終えて退社するとき、
机の上を片付け、
書類は耳をそろえトントンと重ねて置き、
机上をティッシュで拭くようになりました。
手の油脂分がけっこう残っていたりするのですね。
こうすると、
その日一日の仕事のはかどりを
意識せずとも反省させられ、
また、
翌日仕事に向かうときの気持ちがちがいます。
いわば初期化された状態で仕事に向かえる。
高校の教師をしていたとき、
先輩のK先生の机の上はいつもきれいでした。
教師の机の上というのは
あまり整理がゆきとどかず、
物であふれているのがふつう。
ところが、
K先生の机の上だけは
いつもきれいに整理され、
職員室の広い空間の中で
そこだけシーンと静まり。
いわば静謐の気に充たされていた。
何度も目にしました。
やがてK先生は定年前に職場を辞され、
独学で習得した韓国語を生かし、
かの地の大学院へ入学し、
そこで韓国の仏教を学び、
韓国仏教の古典中の古典・
釈譜詳節の日本語訳を完成させました。
K先生は、
河瀬幸夫先生です。

・とうろりと身不知柿の甘さかな  野衾

月

 

・ゆらゆらとひむがしに日の昇りをり

夜中眼が覚め
寝返り打って眠られず
そのまま起きだし
ふらりと外へ
そうしたら
中天に
ポッカリ月が出ておりまして
青々と
暈(かさ)までかかり
水平に
首をなるだけ折り曲げ
お月さま
なんと明るい
なんとまあるい
うさぎがぴよんと
飛び出して来むかしら
車のおとがゴーッとして
ここは二十一世紀地球表面なれば
ものみな寝静まるころ
麦茶でも買って帰ろうか
それとも

・暖停めて日に四度の湯舟かな  野衾

I部長

 

・初雪や天蓋からの贈り物

昨日、
専務イシバシは
都内のある大学へ営業に出かけましたが、
そこで偶然I部長に会ったと、
帰社後報告を受けました。
I部長とは前の会社でいっしょでしたが、
倒産後どうしたかを知らぬまま十五年が経ちました。
I部長は以前、
本の訪問販売会社にいた人で、
前の会社の社長とどこかで知り合い、
乞われて会社に入ってきた人でした。
社長の感化によってか、
すぐに遊び人風のスタイルを身につけましたが、
本来は謹厳実直なひとではなかったかと思います。
あるとき、
よく行くスナックで、
供された皿の中にピスタチオが入っていました。
今でこそ珍しくないピスタチオですが、
あのころは
割と珍しかったと思います。
I部長、
ピスタチオを口中にポイと入れ、
ガリガリガリガリガリガリと。
社長、大笑い。
「お、おまえ!」
「はい?」とI部長。
「か、殻を外して食べるもんだぞ!」
「あ。どうりで」
「バカモノ! あはははは…」
I部長はわたしより十五歳くらい上で、
二人で飲む機会もたまにありました。
誘われて、
一度だけご自宅にお邪魔したこともあります。
小さな一戸建ての家で、
一歩家の中に入るや、
つましい生活ぶりが身に沁みました。
奥様にあいさつし、
和室に通されたあと、
テーブルの上に鮨の桶がでてきました。
わたしの好物が鮨であることをI部長知っていたのでしょう。
四人前ぐらいの桶だったと思います。
ビールで乾杯し、
それから日本酒に変え、
よもやま話に興じたのですが、
わたしは、ふと、
あることに気づきました。
I部長は、
鮨にほとんど手をつけていません。
申し訳ない気がして、
わたしもつい手を伸ばすスピードが落ちましたが、
そうするとすかさず、
「みうらちゃん、どうしたの。食べてよ。
せっかく取ったんだから…」
そう言われても。
そう言われると、
なかなか食べれませんでしたが、
でも結局、
ちゃんと食べました満腹になるほど。
さて昨日のこと。
イシバシの話によれば、
I部長、
今は年金暮らしだとのことですが、
相変わらず
何社かのシリーズものを一手に引き受け、
パンフレットを持ち歩いては
本を売っているそうです。
耳が少し遠くなったふうだったと。
家のローンは完済したのだとか。
お嬢さんが一人いて、
ずいぶん可愛がっていましたが、
どうしたでしょう。

・孫の手で背中掻きをり冬日かな  野衾