哀歌

 

・梅雨を待ち早く明けよと梅雨に飽く

充実の日は悲し
疲弊を燃焼と思へども
其は錯覚との追懐は 早も来…
久方ぶりの友との一献
この世の二番の好物
苦渋の体験より
抽出された
いのちの証し
事の葉は
慰めとはならじ
充たされた日は哀し
充たされぬ日は寂し
充たされても
充たされずとも
日は過ぎ
日は過ぎ
昏き底の焦慮の名残り
幾千の選択
幾千の岐路
遥かより 眺むれば
譬へば幾何の蜘蛛の巣の
吐いた糸に
掠め取られ
ああすればよかったの後悔は
闇に惑ひ
大儀の空を
抱く
夢うつつに
時は過ぎ
古臭き
恋は哀しき玩具
にて
背中の樋の
傷
また痒み
消えず在り
陶酔は彼方へと去り

・六月の空を智恵子も眺めたか  野衾

詩の大鍋

 

・傷つきて詩の大鍋に浸かりけり

生前、飯島耕一先生にお目にかかった折、
いろいろうかがった話のなかで
今も覚えている幾つかのうち、
詩がいちばん
書きたいことが書ける、
とおっしゃった
ことが
今も印象深く記憶に残っている。
詩はそれだけ抽象度が高いということか。
高くても許されるのかもしれない。
抽象度の低いものは
読んでいて
ナマナマしくてイケない。
物を書くとき忘れていけないとされる5W1Hに
詩はあまり頓着しなくてよさそうだ。
そのことが書かれていないから、
詩は難しく分かりにくい
ということでもあるけれど。
抽象度の高さゆえに、
我もまたそこを見上げ、揺蕩い、
涙ぐむ。
東海の浜の韜晦の術。
5W1Hは若さの証し。
体験の混沌から抽出される
しずくをじっと待ち、
じっと待ち、
急ぐなよ急ぐな、
もっと待ち、
さらに待ち、
慌てずにそれを紙においてゆく、
したたる滴はまたダイヤ、
そうやってできた詩を読みたい。

・大鍋に哀れ身の浮く淵もある  野衾

堀口大學の詩

 

・ひむがしに旭日梅雨をはらひけり

魂よ、
お前は扇なのだから、
そして夏はもう過ぎたのだから、
片隅のお前の席へ戻つておいで、
邪魔になつてはいけないのだから。

魂よ、
お前は扇なのだから、
そして夏はもう過ぎたのだから、
もう一度自分に用があらうなぞと
思つてはいけないのだから、
たとへ夏はまた戻つて来ても
来年には
来年の流行(はやり)があるのだから。
……………

堀口大學の詩集『人間の歌』にある
作品「魂よ」の前半部。
辻征夫『私の現代詩入門 むずかしくない詩の話』(思潮社)
で知りました。
ぐっとくるね~。
そうそう。こないだここで紹介した山崎洋子さんも
近著で書いていました。
これまで何度かそうしようと思い、
ひとから勧められてもできなかったのに、
今回、過去と向き合い
それを文章に綴ることができた
そのきっかけは、
横浜市から届いた通達
「あなたは前期高齢者です」であったと。
笑うに笑えない。
わたしはまだ前期ではありませんが、
初期ぐらいではあります。
先日も大雨の中、
傘をすぼめ急いでタクシーに乗ろうとして、
前額をドアの縁にしこたまぶつけた。
まだちょっと傷が残っています。
寅さんのセリフにも
「惜しまれて、引きとめられるうちが花ってことよ」
っていうのがあったなぁ。
魂よ、お前は扇なのだから、かぁ。
ほんと。
収めるところに収めておかなければ。

・梅雨の道ちよびりちよんびりちよびりかな  野衾

弾ける笑い

 

・湯煙の梅雨吹き飛ばす女かな

六本木「禪フォトギャラリー」で開催中の
橋本照嵩写真展へ。
今回は「西山温泉」
一九七四年に撮影されたもの。
西山温泉は山梨県南巨摩郡早川町にある湯治場。
うっとうしい雨の中、
会場に着いてサッと写真に眼をやったとき、
つい大笑いしてしまった。
湯に浸かった太ったおばちゃんが
四肢を伸ばした蛙が水に浮くごとく、
でっぷりとした尻を湯に浮かべ外を見ている。
なんとも伸びやか
大らかではないか。
また観音様にでもなったつもりか、
蹲踞の形でこちらを見、微笑むおばちゃん。
金歯銀歯の口、口、口。
若いおばさんの柔腰にそっと手を這わす男あり!
そう、
ここは混浴なのだ。
微笑、艶笑、苦笑、失笑、大笑、哄笑、
まさに笑いのオンパレード、
写真集は笑いの図鑑。
湯の温度と湯煙がそうさせるのか。
それにしても、
このごろの橋本照嵩の勢い恐るべし!
うっとうしいこの季節、
カラフルな笑いをもらいに行ってはいかが。
写真展は今月二八日まで。

・観音や破顔女の股開く  野衾

誰にでも

 

・ラフロイグ故郷までのディスタンス

山崎洋子さんの近著
『誰にでも、言えなかったことがある ――脛に傷持つ生い立ち記』
(タイトル、長!)読了!
巻を措く能はずとはこのこと。
親に捨てられ、頼りだった祖母は入水し自ら命を絶ち、
育ての母親と腹違いの弟には虐待を受け、
教師からは差別的な目で見られ、
と、
書きようによっては
陰陰滅滅おも~くもなるところ、
お人柄と文体によるとでもいうのか、
決して重く感じさせず、
露悪にもまた偽善にも堕さず、
颯爽としており、
読んでいて
風が通り過ぎるようにさえ感じるから不思議。
読みながら、
もらい泣きしたり、
もらい怒りしたりと忙しくもあり。
たとえば電車内。
シートに座っている著者の前に妊婦が立った。
著者はサッと席を譲る。
電車は走り二駅三駅。
妊婦の隣りの席が空く、
と思ったら、
速攻、妊婦の夫がそこへ座った。
あ~らら。
著者怒る。
なんでわたしに席を勧めない?
妊婦も妊婦、夫の行動をなんとも思わないのか。
そのことを後に知人に話したら、
今の社会が分かっていないよと笑われたというが、
わたしは著者に百パーセント同感です。
想像するだに腹立たしい!
怒りで煮えくり返る。
どきゃあがれこの馬鹿夫婦! と怒鳴りつけたい。
ということで、
お薦めですこの本。

・ラフロイグ舐めて不得の苦を忘る  野衾

まへを向く

 

・現れて飛行機が行く梅雨晴間

うへを向いて
でなく
まへを向いて ゆこう
涙がこぼれない
わけではない けれど
恥ずかしがつてばかりもいられない
それなら
まへを向いて ゆこう
よこばかりでは つかれる
したなら あぶない
涙と関係なく
たまには うへを見上げ
しかし基本 まへを向く
ただ
耳をすます 耳をすます

・六月を古墳跡地に雨が降る  野衾

写真集『石巻』編集に入る

 

・六月の雨降りしきる背中かな

弊社十五周年企画としてあたためてきた
写真集『石巻 2011.3.27~2014.5.29』の編集に入った。
土日二日間をつかい、
三年間で橋本照嵩さんが撮りためた
約十万カットのうちの半分を見終えた。
その都度、
橋本さんが選んで送ってくれたものを
「石巻から」と題し、
弊社ホームページにアップしてきたけれど、
まずは初めから全部を体に浴びたいと思った。
午前十時から午後六時まで、
橋本さんを入れ、
初日は四人で、
二日目は三人で、
途中、
睡魔に襲われたりもしながら、
とにかく見る、見る、見る。
尻の樋に汗が滲む。
二日目の午後、
一枚の写真に釘付けになった。
若い女性が土にスコップの先を当てている。
ザックと土を掘り返すような体つきではない。
なんの形? どういう形なのだろう?
分からないときは、
自分の体で真似してみるのがよい。
膝を軽く曲げ、
腰を落として背中を緩める。
掘るためではない。
探しているのだ。
スコップは手の延長として。
力が抜けてい、
まるで土に語りかけでもするように。
後ろにはバックホーの巨大な首、
ガッキと。
ああ、この一枚。
すべてはここから始まる…。
「今の天下いずくにか文明あらん」
ふるさとを撮ると決めたのだと橋本さんが言った。

・口よりも後ろ姿の語りけり  野衾