カラス会議

 

・休日の会議終りて夏の空

わたしの住む家は山の頂上にあります。
従いまして、
東向きの窓から見える景色を
日々楽しむことができ、
実際に楽しんでもいるわけですが、
このごろ、
朝六時ぐらいでしょうか、
坂の途中にあるアパートの屋根の上で
カラスが四羽集まっては、
なにやら、
あおっあおっあおっ、っあーっあーっあー。
あおっあおっあおっ、っあーっあーっあー。
おあっおあっおあっ、っあーっあーっあー。
うるさいったらありゃしない!
とくに、
あおっあおっあおっと鳴かれると、
なんだか、
へ馬鹿にされているような気がしてきます。
「あおっ」が「おあっ」に変化したり。
気になって気になって、
とても本など読んでいられない。
「あおっ」と「おあっ」では
意味が違っているのかもしれません。
カラスならカラスらしく、
かーかーかーとまでは言いませんが、
あーあーあーでいいではないか。
それが、
っあーっあーっあーとなり、
挙句の果てに
あおっあおっあおっだったり、
おあっおあっおあっだったり。
時に興奮してくるのか、
あおっあおっあおっあおっ!
おあっおあっおあっおあっ、おぎゃぎゃぎゃぎゃーーー!!!
みたいな。
なにをしゃべくっているのか。
三羽でなく五羽でなく、
必ず四羽であることも何やら怪しく。
きょうもこれから会議でしょう。
*
写真は、秋田のなるちゃん提供。

・忘不忘寅さんを見て寝る日かな  野衾

写真集『石巻』

 

・坂下る野毛の女将の夕べかな

本年九月刊行予定で進行中の写真集『石巻』には、
三年間四万七千カットのなかから選ばれた
167点が収められることになりますが、
167枚の写真を順番にめくっていくと、
おのずと物語が醸し出されてくるようで、
いろいろ気づかされることが少なくありません。
この写真集のクライマックスは、
今年行われたどんと祭りに集まった人の顔を写した3枚の写真。
アップでとらえられた三人のお顔に、
編集しながら
何度も見入ってしまいます。
なんという表情でしょう。
灯を見ているそのお顔から、
陶然、恍惚ぐらいしか思い浮かびません。
あるいは法悦、三昧、慈悲、悲願、
のお顔ともいえるでしょうか。
この表情に、
たとえば役者が近づこうとしたら、
どれだけの稽古と
演出の手が加えられなければならないか、
天才的な役者と演出家が
資本主義に縛られない仕込み期間を経ても、
めざす表情が実現可能かどうかあやしい気がします。
この写真集が完成したならば、
アレクサンドル・ソクーロフ、
アンジェイ・ワイダ、
ピーター・ブルックの三人に
ぜひ見ていただきたいと願っています。
恩師竹内敏晴にお見せできなかったことが悔やまれます。

・梅雨空を眺め飲む酒蕩けたり  野衾

猫娘

 

・ベランダの毛虫もこもこ急ぎたり

寝る前に、
行儀が悪いと知りつつも、
布団の上でNHK「首都圏ニュース845」を見る
のが倣いでありましたが、
それは、
ニュースの内容もさることながら、
わたしの心友りなちゃんが成長した姿とも思えた
守本奈実さんが週代わりで
担当していたからでもありました。
守本さんは学習院大学文学部卒なので、
学習院大学文学部仏文科教授の中条省平先生にお目にかかった折、
守本さんのことを尋ねてみました。
「NHKアナウンサーの守本さんをご存知ですか?」
「知りません」
「学習院大学文学部卒なのですが…」
「フランス文学科ですか?」
「そこまでは知りません」
「守本さんがどうかしたのですか?」
「いえ、別に…」
「三浦さん、守本さんのファンなのですか?」
「いえ、別に…」
そんなやりとりもあった守本さんですが、
しばらく前から見なくなりました。
部署替えというのか、
担当する番組が変わったのでしょう。
出世したということなのでしょう。
守本さんに代わってこのごろは、
なんとも昭和な松村正代さんと猫娘の上條倫子さんが
週代わりで出ています。
松村さんはきれいな人ですが、
いろいろ工夫はしているようなのですが、
地味です。
テレビ画面に向かいながら、
ああ、きょうも地味だなあと、
ついひとり言をつぶやいている自分に気づきます。
に対して上條さんは、
最初、
ずいぶんキツそうに見えたのですが、
そう感じた人の声が届いたとでもいうのか、
最近は、
ずいぶん笑顔が多くなり、
かわいい猫娘といった風情を醸し出しています。
気象予報士の斉田さんとコンビで天気予報を伝えるときなど、
くるり振り向く場面では、
ドキッとするほどかわいく感じる今日この頃。
かわいさが進化しています。
なので、
きのうも見てから眠りました。
そうしたら、
夢に、
猫娘の上條さんはでてこなくて、
脈絡もなく真矢みきさんがでてきました。

・炎天下哲学したる乳母車  野衾

行替え

 

・雨の日やピンクフロイド鳴らしたり

この日記をわたしは
パソコンに入っているメモ帳に書き、
読み直してから会社のブログにアップします。
いつの頃からか、
改行を多くするようになりました。
ほかのブログを参考にし、
見易さを考えてそうしましたが、
このごろは、
音読したときの呼吸が加わり、
自分で音読してみ、
テンポと間合をはかりつつ
行替えをすることが多くなりました。
ゆっくり読んで欲しいときは
短く行替えし、
速く読んで欲しいときは一文を割りと長めに引っ張る具合。
それと、
書き手であるわたしの気持ちが
比較的安定しているときは
改行が多くなり、
感情が激してくると、
まして怒りがもたげているときなどはスピードが増し一文が長くなる。
反対に、
怒りがあっても、
それを放置してはならぬと
自らを戒め、
ま、ま、まっ、
と、
抑えて書くときは、
もてあまし気味のこころを鎮めるべく、
改行を多くします。

・五月蝿くて面倒臭き日もありぬ  野衾

圧力婆

 

・むしやくしやのこころ鎮めむ本を買ふ

休日出勤した折、
昼、写真家の橋本さんと蕎麦を食べに行った。
入ったときは私たち二人だけだったが、
だんだんと客が増え、
おやおやと思っていると、
五、六人の初老の女性たちが
どやどや
なだれ込むように店に入ってき、
ぽつぽつ空いている席に二人が座り、
後の数名は
立って食事中の客のほうをちらちら見ている。
圧力をかける比叡山の僧を思い出す。
見たことはないが、
歴史の教科書で習った。
だんだん腹が立ってくるのが分かる。
大事な仕事の最中なので、
こんな糞婆どものために怒りを爆発させ、
エネルギーをつかうことは
いかにも勿体無い。
落ち着け、落ち着け、落ち着け…。
念仏を唱えるように自分に言い聞かせ、
ゆっくり、
さっさと蕎麦つゆを飲み、
席を立つ。
勘定を済ませ
憮然として出口へ向かうや、
圧力婆どもが、
「すみませんねえ、急がせたみたいで」
「ごめんなさいね」
「ありがとうございます」
「すみません。どうも」
慇懃無礼とはまさにこのこと。
ありがたいなどと
毛ほども思っていないくせしやがって
この糞婆ども!
胃液にまみれた蕎麦ゲロを吐き出し
いけ好かない婆どもの顔に浴びせたかった。

・一生の本は揃つた読むだけだ  野衾

夜のためいき

 

・叩くほど粘りたつぷりミズタタキ

このごろテレビを点けると歌番組が多い。
昔の歌手の歌を今の歌手が歌う。
へたくそーっ!!
て思う。
味も素っ気もない。
三橋美智也の「哀愁列車」を氷川きよしが。
村田英雄の「無法松の一生」を神野美伽が。
お呼びじゃない。
「哀愁列車」も「無法松~」も技巧で歌える歌でない。
元歌をCDで聴く。溜飲が下がる。
すごいものだ。
洟垂らしのガキの頃は分からなかった。
分からなかったといえば、
松尾和子。
「誰よりも君を愛す」「東京ナイトクラブ」「再会」などで有名。
それぐらいは知っていたけれど、
ジャズの曲を歌っていたとはつゆ知らず。
きっかけはテレビ。
若き日の松尾が「再会」を歌っていた。
歌詞の冒頭は
「逢えなくなって 初めて知った 海より深い 恋ごころ」
「な」「て」「じ」「め」「た」「み」「り」の音が入っている。
このうち、
「な」「て」「じ」「た」「り」は、
音を出すのに舌先が上顎をこする。
「め」「み」は上唇と下唇が接触する。
その擦過音と接触音が独特で、
なんか日本人離れしているなぁとテレビを見ながら思った。
さっそくアマゾンで検索し注文。
『夜のためいき』というCDを聴き、ぶっ飛んだ。
日本人でこれほどジャズの曲を歌いこなす女性がいたとは!
松尾和子は1935年の生まれ。
『夜のためいき』は1966年に吹き込まれたものだから、
松尾31歳のときのもの。
ジャズが好きで、若い頃から進駐軍のキャンプや
ナイトクラブでジャズを歌っていたらしい。
いやはや、たまげた。

・梅雨の夜和子のこゑに痺れけり  野衾

ぬらりひょん

 

・うちそとの黴を払ふやミズタタキ

こころ
わたしのこころ なのに
まるでわたしを しらぬ
ようなのだ

こころの
せかいに いて
わたしは かたみが
せまい

くもをみれば くもに
かべのすみのクモをみれば
かべのすみのクモに
わたしのこころは あるようなのだ

それだから
わたしには
いつのまにぬけだした のか
こころが ない

こころをなくしたわたしは
ぬらり ぬらり
なつのはまべでおじさんに
はぐれてしまった このように
ひとりぼっちだ

あっちこっち
ぶらさがったままの
わたしのこころ
かぜにふかれて とんでった

・ふるさとの味を待つ日の嬉しかり  野衾