それにして、も。

 

・ここそこに淡き色して桜かな

特殊漫画家根本敬の
エッセイを読んでいると、
「それにして、も。」
という語がたまに出てきます。
『因果鉄道の旅』のなかに、
この語をこういう根拠で、
だったか、
こういうニュアンスを帯びるから
だったか、
ともかく、
そのつかい方について
根本さんなりの意図が書かれていた気がしますが、
忘れてしまいました。
てか、
そのときは、
へ~、ちょっと変ったつかい方、
ぐらにしか思わなかった。
ところがその後、
『因果鉄道の旅』につづいて
『電氣菩薩』を読むに至り、
この「それにして、も。」
が
なんとも味わい深く思えてきました。
好きだった、
いや今も好きな中野好夫の
エッセイ、
あるいは評伝などに登場する
「閑話休題」
のつかい方にも匹敵し、
面白くかつ味わい深い。
読点と句点がすこし滑稽で可愛らしい。
書き手がノッて書いてきたのを、
そこでみずから不意にブレーキをかけ、
とでもいったらいいか、
頭を冷やし、
ていうふうなニュアンスも出、
リズムに変化が現れテンポが変る気がします。
それにして、も。
つかい方を根本さんに習い、
倣い、
真似してつかってみたくなります。

・るてえるやほっほふふふふさくららら  野衾

唄の力

 

・竹山や深く悲しくひびきけり

昨日、
渋谷にある「サラヴァ東京」で行われた
二代目高橋竹山定期演奏会第一回リサイタル
「東北を聴く―民謡の原点を訪ねて」
に社員共々行ってまいりました。
東日本大震災の後、
竹山さんと詩人の佐々木幹郎さんは幾度も東北を訪れ、
各地でチャリティ・ライブを行い、
民謡の調査をしてこられましたが、
このたび、それが
『東北を聴く――民謡の原点を訪ねて』(岩波新書)
という本になり、
その出版記念を兼ねた催しでした。
東北に多くの民謡があるとはいうものの、
民謡という言葉はわりと新しく、
古くから日本人は、
口偏に貝と書いて唄(うた)
といってきました…。
佐々木さんのゆったり、
ゆっくりした語りが心地よく、
合間合間で竹山さんが歌をうたいます。
三味線を弾きます。
アンコールで歌ったのは宮城県の民謡「お立ち酒」
婚礼の席で歌われた。
嫁に行く娘に、
ふたたび実家に戻ってくるなよの意味から、
別れを惜しむ嫁方の人びとが歌いかけ、
酒を酌み交わし、
飲んだ後は酒を入れた茶碗を割ったとされる。
目を閉じて
「お立ち酒」を聴いていました。
三味の伴奏はなく、
竹山さんの声だけがひびき、
渋谷の地下の穴倉のような空間に、
しとしとと、
またしんしんとしみてきます。
やさしく、ふかく。悲しく。
ひとが生れて死ぬまでの
出会いと別れの諸相が浮かび、
色立ち、はじけ、
通い合う情愛の
深深とした味わいが切々と
歌われているようで、
こころの底の底にある悲しさが共鳴し、
鳴っているようでもあります。
ひとりでは生きられないけれど、
ひとがひとにできることもまた多くなく、
ひとり歯がみして立ち、
すすむしかないと、
静かに後押しされるようでもありました。
シンとなり。
でも、その悲しみは、
冷たいものではけしてなく、
どこか懐かしく、
ぬるく溶けてゆくようでもあり、
こうした感じも民謡の、
唄のもつ大きな力かとも思いました。

・耳澄まし我も悲しくぬぐだまる  野衾

日販ネット事業部

 

・春なれどごびらっふ淋漓なみかんた

契約更新の時期に当たり、
日販ネット事業部の方三名来社。
弊社が
インターネットを通じ
売り上げを確実に伸ばしていることを再確認。
ところで、
前回も前前回も
感じたことですが、
お三方とも
大手取次とは思えぬ(ゴメン!)
腰の低さ、肩の力の抜け具合、丁寧な物言いが気持ちよく、
いろんな意味で、
とても勉強になります。
またフランクに何でも話ができ、
有難いです。
ああ、
いまこんなふうに業界が動いているのだと、
セミナーなんかに出向くよりずっと、
ひしひし感が身に迫ってきます。
きめの細かい対応を常に考え
お客様の注文に対し即対応できるよう、
販売のチャンスロスを軽減するための努力を惜しまない、
など、
むしろこちらからお願いしなければならない案件を、
課長さんのほうから
さらりと提案していただけたことに感動。
心強くも感じ、
こういう方たちと
いっしょに仕事できることの
よろこびがふつふつと湧いてきました。
頑張るバネをいただいた気にもなりました。

・三年目千年後のけふの日を  野衾

本は増える

 

・伊勢佐木町眼鏡屋眼鏡笑ひをり

以前、山村修『遅読のすすめ』を読み、
おもしろかったので、
今度は文庫になった『増補 遅読のすすめ』を。
やっぱりおもしろい。
が、
三橋敏雄の有名な「かもめ来よ~」の句の
“発見”は、
『遅読のすすめ』の山村でなく、
北村薫『詩歌の待ち伏せ』に紹介されていた
須永朝彦の『扇さばき』
にでてくるエピソードであった、
というのが正しい。
わたしの記憶違いでした。
山村は、
「かもめ来よ~」の句の読みを紹介しつつ、
こんなふうに言っている。
「むろん句をつくった三橋敏雄が、
須永朝彦の考えた通りに発想したのかどうか確証はない。
しかし、これはそれこそ気づくか気づかぬかであって、
いったん気づいてしまったら、
ほかの発想はもはや考えられなくなる。」
三橋敏雄がこの句をつくったのは十代のころ。
そのことをふまえ、
山村はさらに想像をたくましくする。
「少年の日の三橋敏雄が、開いた本を手にしながら句をつくる。
須永朝彦が、その句を読みほぐしながら、やはり手もとに開かれた本を、
あらためて水平にして眺めてみる。
その読みを知った北村薫が、手にした本でたしかめてみる。
北村薫の本に教えられた私が、同じことをしてみる。
一つの発見が、こうしてあたかも本から本へ、
白い翼をひろげたかもめが渡るように、私のところまで伝わってくる。」
それを真似し、
わたしも『増補 遅読のすすめ』の
いま読んでいるまさにこのところを開いたまま
目の高さまで持ってくる。
かもめは白い翼をひろげて、
わたしのところまでやってくる。
かもめはやってきて、
本を読むことのよろこびが静かに、
ふつふつと湧いてくるけれど、
それといっしょに、
本を読みたい欲望はさらに湧き、
北村薫『詩歌の待ち伏せ』、
須永朝彦『扇さばき』を注文せずにいられない。
本はこうして増えるのだ。

・幸福は其の予感とぞ合点せり  野衾

ひとが歌をうたうとき

 

・シャッターの羽や光りに溶けてゆき

佐々木幹郎さんの新著
『東北を聴く――民謡の原点を訪ねて』(岩波新書)
を面白く読みました。
本のオビに、
「唄のうまれる瞬間に迫りゆく稀有な旅の記録」
と書かれています。
また本のソデには、
「詩人が、津軽三味線の二代目高橋竹山とともに、
東日本大震災の直後に被災地の村々を行脚した稀有な旅の記録」
とあります。
稀有な旅。どんな?
わたしは秋田の生まれですが、
子どものころからよく民謡を聴いてき、
いまも、
とくに疲れて帰宅したときなど、
民謡のCDについ手が伸びてしまいます。
民謡が人間にとってなんなのか、
どういうはたらきをするものなのかを、
この本は、
疲れたこころに
深くやさしく寄り添うように語りかけてきます。
読む民謡と言っていいかもしれません。
十三ページから始まる「瓦礫の下の「八戸小唄」」には、
ひとりの主婦が地震の後、
仕事先から自宅へ戻ったときの
衝撃的な話が録されており、
絶句せざるを得ません。こんなことがあるのかと。
二〇一〇年一月、ハイチ共和国で大地震が起き、
死者は三十万人を超えた。
そのとき現地にいたハイチ出身の作家が、
自著に次のような言葉を記していることをこの本で初めて知りました。
「ホメロスにとっては、
もし神々がわれわれの上に不幸を降り注ぐなら、
それは人がそこから歌を生み出すためだ」
まさしく「瓦礫の下の「八戸小唄」」とかさなります。
この本を読むと、
民謡が生きてうたわれていることがよくわかる、
だけでなく、
民謡によってひとが生かされていることもわかる。
歌は、
それなくしては生きられない
“タベモノ”
といったたぐいかもしれない。
二代目高橋竹山さんの唄を聴いた老人が、
「寿命が延びた」と感想をもらした
のは唄を食べたからでしょう。
三月十一日、
この本を持って社員一同、
渋谷にあるサラヴァ東京に出向こうと思います。

三月の光りに浮れ土竜出ず  野衾

テレサ・テン

 

・乾燥果季節の香りを封じ込む

おとといテレサ・テンが特集されていたと思ったら、
きのうもテレビでテレサ・テン。
本人が歌う姿も放映されましたが、
当代の歌姫、
伍代夏子、坂本冬美、藤あや子が
テレサさんの「空港」を順番に。
三人とも
それぞれの個性で歌っているとはいうものの、
耳の慣れとはべつに、
テレサ・テンの歌唱のすばらしさを
再確認しました。
坂本冬美は声が硬すぎ、
藤あや子の語尾のあやは取ってつけたようであやしく、
かろうじて
伍代夏子がまなじりの語りで
補っていましたけれど、
テレサ・テンのあの
肌触りのいい、
こころまで潤ってくるような
天性の声と歌唱に
敵うべくもありません。
比較するのは野暮というものでしょう。
おとといの番組では、
作曲家の三木たかしの
生前の姿も放映されていました。
三木さんが「愛人」の曲をつくったとき、
「時がふたりを 離さぬように」
のところは、
作り手の気持ちとしては、
高揚していく気分をさらに盛り上げたくなる。
が、
そこは敢て抑え、
低い音と控え目なメロディーにした。
それを天才テレサ・テンが
歌い上げることなく、
彼女ならではの表現をもって歌いきる。
天才とよばれる所以である云々。
おとといの番組に登場した
作詞家の荒木とよひささんは、
「天才三木たかし」とよんでいましたけれど、
三木さんも、
テレサさんと出会い、
さらに作曲家としての才能を
開花させていったのかもしれません。

・美しき花を鏡に映しけり  野衾

ノスタルジー

 

・白につぐ紅の梅あり竹の宿

清野とおるの漫画『東京都北区赤羽』に、
「ノスタルジーも度が過ぎると凶器になる」
という言葉がありまして、
そうだなぁと合点がいき、
ふと上を見上げ、
来し方を思い出したりもしましたから、
清野さんにお目にかかったとき、
そのことを申し上げました。
ら
清野さん、
「そうですか。いゃ、どうもどうも…」
みたいなことでした。
また、
十文字学園女子大学でトークをしたとき、
特別講師として
清野さんをお招きしたことがあり、
ノスタルジーも~
の話をその時もまたしまして、
そうしたら清野さんに、
「その話、好きですねー」と言われました。
はい。
好きです。
そのとおりと納得します。
さて昨日のこと。
テレビを点けたら、
テレサ・テンの特集をやっていました。
彼女と親交のあった二人に
武田鉄矢が聞き役になって番組が進行していきます。
「空港」「つぐない」「愛人」
テレサさんの
なんとも哀切極まりない声を聴いているうちに、
はじまりはただふんふんふん
頬杖ついて
無防備に懐かしがっていただけですが、
やがて度を越し、
だんだんと
凶器が鎌首をもたげてくるようなのです。
魔ズッ!
たら、
即テレビを消して亀蒲団。

・雫垂る闇の宿りの背の春  野衾