ビッグイシューおじさん

 

・蕎麦屋にて薄き夏服前にあり

「ホームレスのひとが売る雑誌」
として華々しく登場したビッグイシューですが、
一時に比べ、
このごろあまり見なくなりました。
が、
JR桜木町駅南改札をでて野毛方面へ向かうあたり、
この暑さにもめげず、
連日、
ビッグイシューを売っているおじさんがいます。
おじさんといっても、
おそらくわたしより若いでしょう。
キャップを斜めに被り、
模造紙にマジックで手書きした宣伝文句をちりばめ、
身振り手振りを交え奮闘しています。
そのトークが実に愉快、
くされ政治屋どもの
くされ演説を聴くよりも
ずっと面白く、
いっとき暑さを忘れます。
たとえば。
「………買ってちょうだいこの雑誌。
そんなに悪い雑誌ではないとわたくし思います。……」
うーん。すごい!
ふつうなら
「ほかでは読めない記事満載の雑誌です」
とかなんとか言うところ、
「そんなに悪い雑誌ではないとわたくし思います」
だもの。
この「わたくし」が痺れる。
以前、
「ほかでは読めない記事満載の雑誌です」
的なことも確か
おじさん言っていたように記憶します。
しかし、
そんなふつうの言葉では
買ってもらえないと悟ったとでもいうのか、
いつから使い始めたのか
定かではありませんが、
「そんなに悪い雑誌ではないとわたくし思います」
おじさんに著作権料を払って
使わせてもらおうかな。
「『おうすいポケット 新井奥邃語録抄』
そんなに悪い本ではないとわたくし思います」
*
弊社は、
明日(12日)から16日まで夏期休業とさせていただきます。
よろしくお願いいたします。

・雲が行く低きところの残暑かな  野衾

立秋

 

・老人ら区民会館残暑かな

「立つ」の反対は「寝る」
かな?
横になって寝ていたひとが立ち上がる。
雲が立つ
という言い方もありますから、
ひとに限らず、
もやもやしてとらえどころのなかったものが
ハッキリ形を成してくる、
ということがもとかもしれません。
さて立秋が過ぎました。
今年はほんと暑かった。
けさ窓を開けたら、
やっと、
ほんの気持ちだけ
涼しくなったよう。
涼しくなってくれっ!
昨夕、
近くの家の食事会によばれての帰り、
蝉の声に混じって
秋の虫の声がありました。
記録的な猛暑酷暑のせいで、
耳も目も肌も
秋をもとめて敏感になっているようです。

・七夕の祭りの市より人来る  野衾

法務局

 

・秋立つや息を殺して見上げたり

久しぶりの法務局。
今をさかのぼること十七年前、
恐る恐る訪ねたものでした。
カウンター越し
受付にいたおじさんに、
「あのう、会社つくりたいんすけど…」
いやあ、忘れもしません、
この切り出し。
「あのう、会社つくりたいんすけど…」
おじさん、
わたしをじろり見て、
「ゆうげん? かぶしき?」
「はい?」
「有限会社ですか? 株式会社ですか?」
「ああ。そう……、小さいから有限」
「小さいから?」
「いや、有限。有限会社を作りたいと思いまして。どうすればいいでしょう」
おじさんまたじろり。
よっぽどトウシロウに見えたんでしょうね。
「伊勢佐木町に有隣堂があります。
その裏手に文房具屋がありますから、そこへ行って
『有限会社の作り方』を買いなさい。
そこに必要なことが全部書いてありますから」
それからとことこ
伊勢佐木町まで歩いたっけ。
きのう、
番号札を持ってソファーに腰掛けていると、
受付の女性から
熱心に説明を聞いている青年がいました。
ワイシャツの背中に、
は・つ・ら・つの文字。
透けて見えるよう。
どんな会社を作るんでしょう?
青年老い易く。
「あのう、会社つくりたいんすけど…」

・朝夕の烏鳴きをり残暑かな  野衾

広告

 

・西瓜来て玄関口に三日あり

つきあいのある広告代理店のNさん来社。
料金が格安の小さい広告ですが、
二本東北の新聞に載せたそのお礼に。
広告業界も案の定、
厳しいようです。
自分のことを振り返っても、
かつては新聞の三段八割広告
(通称三八〈さんやつ〉新聞1ページ目の下にずらずらーと並ぶ広告)
を切り抜いて本屋に持っていき、
「この本ありますか?」
なんて訊いたりもしました。
なつかしい。
いま、
そんなことしないもんなぁ。
気になる本があれば、
インターネットで調べ、
レビューを参考にするぐらい。
Nさん曰く、
「出版社を訪ね広告の企画書を渡すと、
紙がもったいないからメールで教えてよ、
と、
その場で企画書をひねりつぶされることもあります」
淡々と話してくれましたが、
実際は、
憤懣遣る方なかったろうなあ。
*
橋本照嵩『石巻かほく』紙上写真展
の二十五回目が掲載されました。
コチラです。

・兜虫兜重たく汁を吸ふ  野衾

花火のせい?

 

・保土ヶ谷の宿より見上ぐ花火かな

花火大会だったんでしょうね。
きのうの仕事帰り、
桜木町駅は大混雑し、
駅員がでて整理にあたっていました。
初々しい浴衣姿が大勢。
それでも
平日のことゆえ、
前へ進めないぐらいではありません。
早々に家に着き、
晩酌をしながら、
つぎつぎに上がる花火を眺めておりました。
見たことのない型のも多くあり。
外側の円が先に光って内側に向かうもの、
まぶしいぐらい強烈な光を放つもの、
円の中に水平な光が走るもの、
などなど。
さてどうやら終わったかと、
やおら立ち上がり
空いた食器を台所に運び、
テレビをつけたら
さっき通った桜木町駅の映像が現れ。
へ~、
全国放送のニュースでねえ。
そんなに大きな花火大会だったのか知らん?
ん?
どうやらそうじゃない。
なに?
架線故障で電車立ち往生…。
花火の火花が架線に飛び火したとか?
そうではない。
でも、
大会当日というのが気にかかる。
なにか引火関係、
いや
因果関係があったのか知らん?
駄じゃれ言ってスミマセン。

・猛暑日の記録を告げる痩せ男  野衾

空のいきもの

 

・子らのない八月ぽっかりグラウンド

朝から蝉が鳴いています。
駅構内や電車内のアナウンスは五月蝿く感じるのに、
蝉ならいくら大音量でも五月蝿くない。
このごろ歩いていて、
蝉の死骸に間々ぶつかります。
けろんとひっくり返っています。
ひょいとつまむと、
実に軽い。
軽すぎて、
これに今までいのちが宿っていたとは
とても思えないぐらい。
スカスカでカラカラ。
まるで脱皮した抜け殻。
背中が割れて木に張り付いている
抜け殻同様、
すっからかんといのちが抜け落ちている。
殻のいきもの、
空のいきもの。

・蝉しぐれ浴びてやうやう江戸に入る  野衾

ツリーハウス

 

・山小屋の歌に飛び入り雹が降る

まだ小学校に上がる前、
よく遊んでもらった近所の久男くん
(ぼくより四つか五つ上)が、
木の上に隠れ家を作った。
秋田だから杉だったろうか?
檜?
欅?
柿の木は折れやすいから、
柿の木ではなかっただろう。
はるか遠くの記憶で、
夢のようでもあるけれど、
足元から覗く地面の揺れと空の青さは忘れられない。
のだが、
空についての印象は、
その後に聴いた、
中島みゆきの
「この空を飛べたら」
の歌によって醸された空想かもしれない。
むかしむかしに、
ひとは鳥だったかもしれないと
歌は語りかけてくる。
ちなみにわたしは酉年です。
さてそういう基本の夢を叶えたひとがいる。
詩人の佐々木幹郎さん。
幹郎さんは子どもだなぁ。
いいなぁ。
本気なんだもん。
群馬県嬬恋村にそれはあった。
木の上にしっかりと設えられた板の間に立つや、
五十年前の記憶は
けして夢でなく、
久男くんと遊んだあの日も
あの日も、
手が届かないだけで、
ほんのすぐ近くにあるような気がしてくる。
風の音まで違って聞こえる。
木の上は不思議。
一晩近くの宿に泊まり、
翌朝、
ふたたび木に登った。
五十年は早い。
百年はもっとかもしれない。

・雷も嬬を恋ふるや宿を割る  野衾