きょう引用するところは、嫉妬にかんする文章です。夫婦間の嫉妬というのも、
精神科医がうけもつ案件になるようです。ところで、
中井さんの文章を読んでいると、
きのうの「宇宙線のごとく気づかれずに日々降り注ぐハプニング」
もそうですが、意表を突かれる表現がひょいと現れ、
文の風景ががらりと変って見えることが間々あります。
嫉妬妄想の人を診ると、身づくろいをせず、歯の治療を怠っている人が多い。
これは印象的なほどである。
ある初老の女性は、髪はざんばら、歯は欠け、悪臭を放つ状態で、
配偶者に性交渉を迫る。配偶者は三舎を避けたいところだが、
嫉妬妄想者の配偶者はふしぎに気の弱い人が多く、相手にしようとするのだが、
やはり気のない肌の合わせ方となる。
これがまた、配偶者が浮気をしている証拠となる。
これは全くの負荷試験である。
何のテストか?
無内容な「愛」の存在を身を以て示せというテストである。
なるほど「愛」があれば、どのような悪臭、身づくろいのなさも問題ではない
ということは、ほんとうかもしれないが、
それは戦時下や難民のような状況の下でのことである。
そうでない場合は、土足をなめて愛を示せというに等しい。
これは、
実はほとんどむき出しの権力意志なのだ。
夫婦の間の長い歴史にこれまでどういうことがあったかということ、
それとは別の問題である。
(中井久夫『中井久夫コレクション 世に棲む患者』ちくま学芸文庫、
2011年、pp.146-147)
「身づくろい」「歯の治療」「ざんばら髪」「欠けた歯」「悪臭」、
嫉妬妄想と一見関係なさそうにみえて、
なんともいえないリアリティが感じられます。
「むき出しの権力意志」ということばにハッとします。
・夏休み口にするだに笑みしきり 野衾

