米づくり本づくり

 

五月の連休で帰省した折のこと、
朝三時起きし、居間で、習慣になっている本読みをしていましたら、
五時ごろ、
いつもだいたい五時半過ぎに起きてくるはずの父が来て、
深刻そうな顔をし、
夜中の十二時に目が覚め小用を足したら、
田に水を入れるタイミングのことが気になり、
それからずっと眠れなかった
と、
わたしに告げる。
91歳の父は、
近くに住む82歳の叔父とふたりで米づくりをしており、
何事につけ、
叔父の世話になっていて、
だまっていれば、
その日の早朝、
叔父は田に水を入れるかもしれないと
不安になり、
叔父が行動するまえに水入れを止めるよう、
電話で指示しなければならないと焦ってのことだった。
父が叔父に電話すると、
叔父はまだ家に居た。
じぶんの胸の内にある思考と判断を叔父に説明し、
田への水入れを数日遅らせるよう頼み、
父は安心したようだった。
その一連の父の行動を目の当たりにし、
ああ、
似ている、と、思った。
わたしも、
会社を退けた後、また会社に出向く前、社員に電話をしたり、メールすることがある。
本づくりで、ふと、気になることがあると、
だまっていられなくなる。
朝、
居間に現われた父の表情を見、
米づくりと本づくりで、
つくる物はちがっていても、
不安に駆られ、社員に電話するとき、
鏡で見るわけにはいかないけれど、
わたしも同じ貌をしているかもしれない、
いや、
きっと、
しているにちがいないと思った。

 

・田植え前水を張りたる鏡かな  野衾