民族の音感覚

 

古経伝の注を集めた最古の字書である[爾雅じが]には、
畳語の訓を集めた[釈訓しゃくくん]第三に、
「戰せん戰・蹌そう蹌は動(心さわぐ)なり」、
「悄しょう悄・慘さん慘は慍うらむなり」
などの例を集めている。
s・ts系の音には寂寥感をもつ語が多い。
わが国でも人麻呂の
「小竹ささの葉は み山もさやに さやげども われは妹いも思ふ 別れ來ぬれば」
([万葉]二・一三三)、
新しくは島崎藤村の
「小諸こもろなる古城のほとり 雲白く遊子悲しむ」
に至るまで、
サ行音によって寂寥感が強調される例が多い。
これは民族のもつ音感覚と脳機能に重大な変化が起こらないかぎり、
変わることはないかもしれない。
(『白川静著作集 1 漢字Ⅰ』平凡社、1999年、p.276)

 

「s・ts系の音には寂寥感をもつ語が多い」というのは、ほんとうだろうか。
「さびしい」はたしかに「さ」から始まり、
ものさびしさを意味する「蕭々《しょうしょう》」、
水がさらさら流れるさまを意味する「潺潺《せんせん》」
見えすいているウソをつく意の「そらぞらしい」
なども、
あてはまるだろうか。
空が「そら」であるのも、寂寥感を誘うから?
音と感情が結びついているとしたら、おもしろい。

 

・現れて壁に逆さの守宮かな  野衾