ばあばでんわ

 

秋田への出張は、行きも帰りも新幹線。
お盆にはまだ間があり、六割から七割は空席でしたので、仕事とはいえ、
ゆっくり旅を楽しめた。
帰りの車中、
仙台からでしたか、
若い夫婦と小さい男の子が乗ってきました。三歳、いや二歳。
元気な男の子で、ちょっと五月蠅い。
文庫本を読むスピードが明らかに遅くなりました。
わたしの席はドアのすぐ近く。
うるさいなぁ。
なにを喚いているんだろう。
体をひねりそちらを見遣ると、
全身を海老ぞりにして母親の腕から逃れようと必死の態。
子どもの口から発せられる言葉は、
「ばあばでんわ」
さきほどから何度も何度も。
若い母親は、
「ここでは電話ができないのよ」
それでも子どもは、ばあばでんわ、ばあばでんわ、ばあばでんわ、ばあばでんわ、
際限がない。
途中から、ふと、何度繰り返すのだろう、
と、
ちょっと興味がわいて、
指を折った。
いち、にー、さん、し。
ん。
止んだ。
さいしょから数えるんだった。
かるく十回は超えたはず。
目を文庫本に戻ししばらくすると、今度は、
パパさんぽ。
パパさんぽ、パパさんぽ、パパさんぽ、パパさんぽ、パパさんぽ。
五回唱えたところで、
パパが子どもを連れデッキの方へ散歩に出かける。
すると、さらに、
デッキの方で、
パパおそと、パパおそと、パパおそと。
三度唱えたところで、パパは子どもを抱きあげ、子どもの体を外へ向けた。
だんだんおもしろくなってきた。
子に同化していくようで。
本を読んでる場合でない。
言葉を発すると、
親は、大人は、動く。
たのしいー!!

 

・夏の空百年のちの帰郷かな  野衾