狂気の天才

 電車に乗っているときや、部屋でぼーっとしているとき、ああ、また考えていたかと思う。
 なぜそんなに気になるのか、理由がないわけではない。
 シド・バレットのアルバムはCDで2枚出ているが、初めて聴いたとき、なんだこりゃ、だった。子供がふざけて適当に音符を並べて作った歌じゃねえの、みたいな印象で、どこがいいのかさっぱり解らない。
 ところが、そのデタラメな感じの歌が耳について離れないのだ。
 決定的だったのは、最近発売されたDVDだ。そこに、動くシド・バレットが映っている。
 初期ピンク・フロイドのメンバーが、それぞれの思い出の中のシドについて語っているのだが、共通したコメントは、シドが天才だったということ。さらに、デイブ・ギルモアは、言葉だけでなく、彼の表情や歩く姿までがラブソングだったとも言い、あのロジャー・ウォータースはシドに嫉妬したとも告白している。
 DVDにはおまけが付いていて、ロジャー・ウォータースが本編以外に答えたインタビューが収録されており、そこで、シドについての面白いエピソードを伝えている。
 リハーサルのためにスタジオにやってきたシドは、新しい曲が出来たと言ったそうだ。そうかそうか、どんな曲、とロジャー。歌詞の中に、「わかったかい?」というフレーズがあって、ふたりで演奏した。シドがそこのメロディーをあれこれいじってアレンジし、わかったかい? わかったかい? わかったかい? いくつかのパターンを歌った。すると、突然シドが歌うのを止め、「わかった!」と言って、ギターをケースの中に仕舞ったのだという。奇妙な体験だったと、ロジャーは当時を思い出している。
 シド・バレットは1946年生まれ、今も、ケンブリッジで静かに暮らしているそうだ。
 DVDには2000年に行なわれたピンク・フロイドのコンサートの模様も収録されているが、そこで歌われる「シャイン・オン・ユー・クレイジー・ダイヤモンド」は涙なしには観られない。クレイジー・ダイヤモンドとはシドのこと。
 ピンク・フロイドは結局シド・バレットの呪縛から逃れられなかったのかとも思うけれど、それでよかったのだろう。「シャイン・オン・ユー・クレイジー・ダイヤモンド」にはシドへの愛もこめたのだとロジャーは語っている。
 それにしてもシド・バレットの眼、ブラックホールとはよく言ったものだ。