ゴキジェットプロ

 洗濯物を取り込もうとしてベランダに出たら、蔓梅モドキの鉢の下に隠れるようにして、一匹のゴキブリがいた。
 一旦履いたサンダルを脱いで、台所の戸棚からゴキジェットプロを取ってくる。この殺虫剤が出た当初はほんとうに感動した。スプレー式のキンチョールなどゴキブリには全然効かぬ。仮にキンチョールの沼があったとしても、ゴキブリは鼻で笑ってスイスイ泳いでいくだろう。したがって、かつてゴキブリをやっつけるには、踏むか、叩くか、はたまたゴキブリホイホイ的な強力接着剤でくっ付けるかしかなかった。
 そこに、ゴキジェットプロが登場したのである。積年の恨みを晴らすかのごとく、ゴキブリが出たとなったら、シュッ! また出たとなったらシュシュッ! いやあ、ほんとに気持ちよかった。ウォ〜〜!! もうダメ! そんな声が聞こえてきそうな感じで、最後、あのにっくきゴキブリがパタッと倒れ、御陀仏となる。
 ところが、最近とんとゴキブリにお目に掛からなかったので、必然、ゴキジェットプロの威力を発揮する場面がなくなっていた。まさか蟻にゴキジェットプロでは大げさ過ぎる。
 と思っていた矢先、久しぶりに現れた。ゴキブリ。なんとなく惜しい気がしないでもないが、一匹現れると、背後に数十匹いるといわれるゴキブリのことゆえ、このまま逃がすわけにはゆかぬ。
 久しぶりに使うゴキジェットプロなので、具合を確かめるべく、医者が注射するとき空中に、ピ、と液を発射する要領で試し打ちをしてから、よーし、と、今度はゴキブリ目掛け思いっきり発射した。シューーーー!!!
 お、なんだなんだなんだなんだなんだなんだ、こ、こ、これは、く、く、く、くるぢいいいいい!!! お、の、れ、ニンゲン、めっ!
 と、言ったかどうかはわからないが、くるっと仰向けになって動かなくなった。触覚が枯れススキのように風に揺れた。