桜木町紅葉ヶ丘

 小社がある紅葉ヶ丘は、なかなかいい場所です。改めて言うこともないですが、越してきた頃とはまた別の感興が湧いてくる。
 丘の上にあるので、駅から歩くのには少々きつい。でも、日により、季節によって、空気の色がちがい味がちがう。丘の上から、ニョッキリと立つランドマークタワーが見える。人工のものではあるが、日ごとの空気やたなびく雲に彩られ、これも、なかなかの風情だ。仕事に飽きてきた頃、ベランダに出て端っこまで行けば富士山だって見える。夕陽に映える富士の姿に頭もいつしかスッキリとし、夜の部の仕事に入ってゆく。
 台風が過ぎた日の朝は青空だった。空の青がこんなに強かったかと不思議な気がした。じっと見ていると、青が青でなくなり、瞼の裏の色が溶け出して、悲しいような、甘酸っぱいような、ほんの少しエロティックで、今日が何かは分からぬが大事な節目の緊張状態であるかのごとく、色々な気分が錯綜し、落ち込んでみたり弾んでみたり、変な眩暈がしてくる。
 名付けようのないこんな感じがいい。母親に言っても分かってもらえそうもない、おとこの寂しさだ、そうだよ。
 「かあさん、さびしいよ」と言ったら叱られた。なにか過ちを犯したわけでもなく、ただ「さびしい」と言っただけなのに。でも、子がさびしくなるのは、してはいけない過ちだった。