一冊一冊

 会社創業の年に始め、翌2000年に第1回配本を刊行した『新井奥邃著作集』がやっと第9巻まで来た。本巻としてはこれが最終となる。別巻には、キーワード索引、聖書との対照表、補遺、墨蹟等を収めることになるだろう。
 第1回配本分の第2巻が幾つかの新聞や雑誌に取り上げられ時、「この全集が完結したら大変なことだ」と褒めてくれた書評子がいた。その後、その書評子が、どういう理由だったか詳細は分からぬが亡くなった。街の公園で発見されたと聞いて、彼とは直接の縁はなかったけれど、何が何でも完結させねばと発奮もし、前途多難を予感した。
 もう一つ、思い出すのは、生前の新井を知る最後の生き証人・工藤直太郎氏に、第2巻のゲラをお持ちしコメントをいただこうと伺ったその日、数時間の差で挨拶できずに氏が亡くなられたことだ。生死のことは人知を超えていると思ったし、また、氏が全身全霊をもって『著作集』刊行を後押してくださったようにも感じた。
 本当は、ぼくはこの仕事に相応しくないのだろう。卑下して言うつもりはないが、自分の地金が年と共に少しずつ見えてくるにつれ、また、編集を通じて直に新井の文に触れる度に、ますますそう思う。若気の至りで始まった企画かもしれない。しかし、若気も、ある場所では用いられるかとみずからを慰め、何よりも、多くの有り難い縁に支えられてここまで辿りついた。エネルギーを振り絞り、全巻完結の務めを果たさなければならないと思っている。