気になるカーテン越しの会話

 ある日の鍼灸治療院にて
 「まだ、いたむ?」
 「だいぶよくなりましたけど…」
 「ここは?」
 「すこし…」
 「こっちは?」
 「あ」
 「いたい?」
 「いたいです」
 「あとは?」
 「こつばんのところが、ちょっと…」
 「ここ?」
 「いっ、い…」
 「ごめんごめん。いたかった? ちょっと、ぬいでみて」
 …………………………
 …………………………
 「ねむれる? きのうはなんじにねたの?」
 「じゅうにじまえにとこについたんですけど、たぶん、ねたのはいちじすぎだったとおもいます。それで、よじはんごろにめがさめて、あとは、ねむれませんでした」
 …………………………
 …………………………
 「ねむれるようにしたからね。きょうは、はやめにとこについて、ゆっくりやすんでください」
 「はい。ありがとうございます」
 右から来た音を、ぼくは、ただ左へ受け流すこともできず、ベッドに身を横たえたまま全身耳怪獣と化していた。

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9歳ルナ君の発言

 だから、逆に、指導者って、他から学ぶの、ヘタくそネ。謙虚を忘れてしまうのだナ。私もそんなに謙虚じゃないけどサ(笑)。でも、私子供だから、まだまだ貪欲に学ぶことをするの。きっと一生だネ。
 段階も、ないものにするのとは違う。
 でも、人の気づきなんて、一瞬にしてまっさかさまよ。「ここまで気づいた」とか言ってても、すぐに奈落の底よ。でも、それを恐れることはないの。そういった揺れがあるから、人は再び気づくんだから。
 私も言いたいこと言うけど、全部私の心地よさが指針なの。
(日木流奈『伝わるのは愛しかないから』)

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120日

 2月から始めた気功がきのうでちょうど120日。1日も欠かさず、朝40分、夜40分の計80分。これにより、どんな効果が現れたか。
 ?耳鳴りが消えた。
 ?ときどき左肘から手先にかけて痺れることがあったが、それが無くなった。
 ?鎖骨骨折の後遺症か、首筋が異様に凝っていたが、痛みを忘れているときがある。痛みの程度が軽くなったせいだろうと思う。
 ?寝つきがよくなった。 
 ?歩く姿勢がよくなったと、よく人からほめられる。自分では分からない。
 ?お腹が適度にすくようになった。
 ?それにつれ、食事が以前にくらべ美味しく感じられるようになった。
 ?目の疲れ、かすみ目が少なくなった。ひょっとしたら、これは気功のおかげというよりも、わかさ生活のブルーベリーアイのおかげかもしれない。相乗効果ということで。
 というような具合。
 気功は、ゆっくり柔らかい運動なので、からだを痛める心配がなく、内臓にも効く。気持ちが落ち着く。難点を敢えてあげれば、つづけてやっていると気持ちがいいためか、やめられなくなる。健康に効く麻薬のようなもの?
 とにかく、いいことずくめなので、わたしの体験も踏まえ、酒豪、もとい、朱剛先生(わたしが通っている教室の先生で、中国禅密気功のただ1人の伝承者である故・劉漢文師に師事、禅密気功「気功師」の認定を受ける。師の信頼が厚く、日本における禅密気功の普及を託された)の2冊目の本を小社から刊行することになりました。
 仮の題は『背骨をゆらす 背骨がゆれる ―気功で健康になる』。9月刊行の予定。

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ムーディ勝山

 きのうは陣内智則と藤原紀香の結婚披露宴が神戸のホテルであり、その模様をテレビが中継していた。
 かつての藤原紀香ファンの一人としては見ないわけにもいかず、複雑な思いで、涙を浮かべ(このごろ、よく泣く)ながら見ていた。
 すばらしい披露宴で、招待された芸能人の多くが涙を浮かべていた。テレビ前のわたしも感動の涙で顔中ぐしゃぐしゃになった。
 藤原紀香のスペシャルゲストは郷ひろみ。「お嫁サンバ」を歌った。ヒロミ・ゴウはノッテいた。かたや陣内智則のスペシャルゲストはといえば、だれだ? だれだ? なんと、あの天才ムーディ勝山。わたしが今一番好きなお笑い2人のうちの1人(あとの1人は柳原可奈子)。
 颯爽と登場したムーディ勝山。もうそれだけで可笑しい。すっくと立ったその立ち姿が、もう笑える。顔はいつものように、いたって真面目。服装は白いタキシードに黒の蝶ネクタイ。いつもの格好が結婚披露宴の司会者風なので、芸風とよくマッチした登場となった。そして、彼の持ち歌、一度聴いたら絶対耳から離れないデタラメで破壊力抜群のあの無意味な名曲を歌った。
  チャラチャチャ チャラチャ〜
  チャラチャ チャ チャラチャ〜
  チャラチャ チャラチャ チャチャラチャラチャ〜
  右から 右から何かがきてる〜
  僕はそれを左へ受け流す〜
  いきなりやってきた〜
  右からやってきた〜
  不意にやってきたぁ〜 右からやってきたぁ〜
  僕はそれを左へ受け流す〜
  右から 左へ受け流す〜
  左から右へは受け流さない〜
  右から 右から そう右からきたものを
  僕は左へ受け流す〜
  もしも あなたにも
  右からいきなりやってくることがあれば〜
  このうたを思い出して〜
  そして左に受け流してほしい
  右から来たものを左に受け流すのうた〜
  あ〜あ〜 この東京砂漠〜
 もう1曲、ムーディ勝山は、陣内智則と藤原紀香の結婚披露宴用の歌を作ってきており、その歌詞はと言えば、陣内と紀香の結婚披露宴を左へ受け流す〜、というもので、陣内は、受け流すなあ!!とつっこんでいたが、わたしの涙はいつの間にか、感動の涙から爆笑の涙に変わっていた。♪あ〜あ〜 この東京砂漠〜

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感応

 これまでも、たとえば小説を読んでいて、映画を観ていて、感動的な場面に出くわすと、あ、まずいと思いつつ、つい、目頭を押さえることはあった。しかし嗚咽することはそんなになかった。
 ブラッド・ピットが主演の『リバー・ランズ・スルー・イット』を有楽町の映画館で観たとき、嗚咽した。映画館を出ても、なんだかふらふらして、適当に歩いて目に付いた喫茶店に入りコーヒーを頼んだら、また泣けてきた。思い返せば、当時の境遇と心身の状態がまずあって、そこに映画の何らかが響いたということなのだろう。
 本となると、嗚咽したことなどなかったのに、休日『大峯千日回峰行』を読んでいたとき、あるところに差しかかったら、突然、ワッと声が出て大声で泣いた。自分でも何がなんだかわからずに、あわてた。
 1300年間で2人目という千日回峰行を満行された塩沼亮潤さんの荒行の話は、どこを読んでも驚きと感動に満ちているけれど、泣いたのは、塩沼さんの話ではなく、聞き手の板橋興宗さんの話。
 だれも真似のできない荒行を終えられた塩沼さんに最大限の敬意を払いつつ、板橋さんは、これからは、塩沼さんが住職をされている寺で、ほかの人たちといっしょに修行してくださいとお願いしている。
 けさ、そこをもう一度開いてみたら、不思議な気がした。どうして嗚咽したのだろうと思う。板橋さんの捨て身のまごこころとでもいったものが感じられたのかもしれない。

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読経と読書

 …それで、私なりにやっているうちに、何だ、お経というのは意味がわかって読んでもよし、わからないで読んでもよし、ということがよくわかったわけです。
 わかって読んでもいいが、できるならばわからんままに、ただ声を出して読むことが最高だと会得したのです。それ以後はお経の意味を尋ねる気がしないのです。腹の底から声を出してただ読むこと。それが読経という行です。
 意味を考えるなら、このまま寝っ転がって読んでもいいんですよ(笑)。
(『大峯千日回峰行』対談中、聞き手の板橋興宗禅師のことば)

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教え子

 休日、横浜駅のホームで、横須賀の高校に勤めていた時代の教え子を見た。線路を挟んで反対側のホームを歩いていたから見間違えるはずはない。
 Yさんは高校生のときからスッと立ち、涼しげに颯爽と歩く。よほど声をかけようかとも思ったが、やっぱり、よした。
 Yさんはちょっと立ち止まり、数秒なにか考える風情だったが、上り東海道線の電車がわたしの乗る横須賀線の電車よりも早く到着し、人ごみの中に消えた。声をかけずに良かったと思ったけれど、だまって見ていたことを少し後ろめたく感じた。

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