ちがいはなに?

 病気やケガをしたとき保険会社から給付金が下りるかどうかは当人にとって切実な問題。
 あるとき知人Aのところに電話がかかってきた。Aは、20代の女性で大手保険会社に勤めており、電話の主はAが担当したお客さん。
 「あのう、ケガをしまして、手術のための給付金が下りるかどうかと思って電話したんですが…」
 「どこをケガされましたか」
 「それがそのう、変なところで急所のタマのほうなんですが…」
 「はい??」
 「インノウ、っていうんですか。裂けて中の白いものが見え、数針縫わなければならなくて…」
 若い女性への質問に窮していると感じたAは、しかし、当人にしてみれば切実だろうからというので冷静でありながら急所を射るように答えた。すなわち、キッパリと「陰茎裂傷縫合術に対しては給付金が下りますが、陰嚢裂傷縫合術に対しては下りないことになっています。失礼ですが、裂けたのはタマのほうでしょうか茎のほうでしょうか。そうですか。申し訳ありませんが、今回の場合、支給はできないことになります」
 話の内容からいって社内緊張した空気が流れたらしい。とは言い条、うら若き女性がタマだの茎だのの単語を耳だの指だのと同じレベル、同じテンションでさらりと言ってのける可笑しさを、他の社員は聞くともなく聞いて必死に笑いをこらえていたとか。Aにしてみれば、訊きづらい質問を勇気を出して口にしている客へのこれまた必死の冷静さ、演出だったのだろう。人知れず苦労があるものだ。

文字のない絵本

 学生の時に好きで読んだ(見た?)文字のない絵本‘The Changing City’がどうしても見たくなり、アマゾンで検索したら、あった! のはよかったが、値段が10倍に撥ね上がっていて買うのをしばらくためらっていた。
 ミュラーというひとの作で、観音びらきの大判の絵が8枚(だから絵本というのは正確ではない)。同じ場所を数年刻みに描いている。右手に剣、左手に天秤(だったと思う)を持っている目隠しされた女神と眼の見えない老人がどの絵にもでてくる。街の変化にともない女神と老人がどうなっていくのか、文字はないけれど短篇小説の趣があって好きな絵だった。どうしても欲しくなり、やっぱり注文することに。姉妹篇に‘The Changing Countryside’がある。モチーフは同じでも、こちらは白い猫が主人公。冬、雪景色のなかの猫を探すのは一苦労。ふたつとも最後が悲しい。『幻の鳥 ガーニーズ・ピッタ』の構成を考える時、その時は気づかなかったが、あとから思えば、あの二つの絵本が下敷きになっていた。

横浜写真

 編集中の本に入れる写真を撮りに、カメラマンの橋本さんと街にでる。
 まずは大岡川に架かる橋。京浜急行日ノ出町駅のちかく、伊勢佐木町へ向かう道が大岡川と直角に走っており、川かと見ればそこが長者橋。昭和八年の竣工になる橋で石造りの堂々たるものだ。つぼみが膨らんだ桜の枝振りもよく、ひかりがあふれ、いい写真が撮れただろう。
 つぎはクルマを飛ばして保土ヶ谷コットンクラブへ。月に一度の会合のため、ママは仕込みに余念がなかったが、時間を割いていただき、店のカウンターを中心にバーの雰囲気がでるようフラッシュをたかずに撮影。
 ママにいとまを告げ今度は伊勢佐木町へ。夕刻のこととてネオンがちらほらと。有隣堂のあるメインストリートは着飾った昼の街でも、裏手に回り福富町へ入ればこっちは夜の街。撮影のポイントを探してふたりであっちこっち歩いていたら、ガラス戸を開けて呼び込みの態勢に入っていた兄ちゃんがサッと中へ隠れた。しばらくすると擬態でひっくり返った虫が起きだすように、また現れ、興味深げにこちらを見ている。面積の少ないピチリとした服を身に纏った女性が相応しい道で、白いブラウスに紺色の制服を着込んだ女性のほうがかえって目立つしセクシーに見える。オヤブンがかつて遊んだ頃とはだいぶ変わってしまったのだろう。半日の撮影行にしては充実していた。六時半帰社。

リサイクルシステム

 横浜生まれ稀代の人物の伝記をコットンママが書いており、本人にゲラを届けにシーサイドラインで南部市場へ。そこからは我が兄貴分ナベちゃんのクルマに乗せてもらい鳥浜まで。
 本に登場するS氏は、先に到着していたコットンママとママの店で働く凉子さん相手に会長室で歓談中。ゲラと装丁のラフを渡したところ、とても喜んでくれ、帰りがけ、新しく出来た産業廃棄物のリサイクル処理場を見学させてくださった。2階の通路から見たのだが、イメージとしては工場全体が巨大な坩堝と思われ、運ばれてくる廃棄物を何段階かに分け分別したのち、リサイクルのための処理を施すという。某有名ビールメーカーの売れ線商品のダンボールにもなっているそうだ。なにか象徴的な空間に思われたから、見学コースの窓を開け、細かい粉塵の多さに驚きながら、構わずにシャッターを切りつづける。
 本文中に入れる工場の全景も撮影。帰り、ナベちゃんに無理を言い、S氏が生まれた萬世町にクルマを回してもらう。昔日の面影はなくなっているはずだが、三好劇場など街の風景を数枚撮る。久しぶりの撮影は楽しいけれど、レンズのキャップが外れやすく、しょっちゅう気にしていなければならないのは厄介。落としては拾い落としては拾う。
 最後は保土ヶ谷の小料理千成へ。コットンママにすっかりご馳走になる。ナベちゃんに昆布焼酎を勧めたところ、いたく気に入り、一気に上機嫌。わたしもつられて上機嫌。あとはコットンで歌いまくり。UFOキャッチャー名人のスーさんが、わたしのためにデカい怪獣のぬいぐるみを取ってきてくれた。さすが名人! 有難し! ナベちゃんの「完全無欠のロックンローラー」はいつ見ても(!?)最高!

再会

 先年亡くなった祖父が夢にでてきた。秋田の家だった。
 祖父もわたしも明るくふるまってはいたが、ふたりとも、これが最後になるだろうとわかっているようなそんな場面。
「じゃ、またね、おじいちゃん」と言ったら、ちょっと待てと言って祖父は寝床に戻り、風呂敷包みを持ってきた。ふるえる手で中からとりだしたのは、昔から大事にとって置いたらしい写真で、何枚か選んでわたしに持たせようとしているようだった。そのこころが有難く、目頭が熱くなった。
 そのまま目が覚めたら、泣いていた。祖父は百まで生きた。最後までわがままな祖父だったが、無言で何かを伝えようとしていた姿が忘れられない。秋田から帰る折、いつも玄関先で祖母と並んで見送ってくれるのが慣わし。言葉で最後に言われたのは、「おまえは少し呑み過ぎだ」。祖父はいなくなったが、そりゃあ、じいさんの孫だものとうそぶきながら呑んでいる。大好きな祖父だった。どうしてこんな夢を見たのか、わたしなりに納得するところがあるが、私的に過ぎるのでそれは差し控える。

カレーライス

 雨模様だし、遠くまで歩くのが面倒臭く、正午をかなり回っていたからいつもお客で混んでいる会館傍のマイ・カフェに、ひょっとしたら今日なら入れるかと期待しながら行ったら、入れた。
 武家屋敷はランチ。専務イシバシとわたしはカレーライスに味噌汁をオプションでつけてもらう。カレー専門店のカレーとはまた別の家庭的なやさしい味のカレーだ。大食いのわたしのことを知って、マスターがご飯を多めにしてくれる。
 さて、普通に食事をし、普通に午後の仕事に掛かったのだが、夕方6時を過ぎた頃から急激に腹が減ってきた。ペコペコで脂汗まで出てきた。ほんと。来月から正式採用になる0さんがトルコみやげに買ってきてくれたお菓子を頬張ってもペコペコ収まらず。マイ・カフェのマスターがせっかく大盛りにしてくれ、美味しくいただいたのに、カレーライスだけではわたしの胃の腑は夜までもたなかった。
 夜は、保土ヶ谷まで腹をもたせるのが困難と思われ、紅葉坂を下り右へ折れ、太宗庵でビールととろろ納豆うどんを食す。

服を買う

 会社をはじめてから服を買ったことがない。ラフに着るものは買ってもスーツは買わずに間に合わせてきた。が、丁寧に着ていても傷みは隠しようがなく、久しぶりにスーツを買うことを目的に出かけた。
 女店員が適当なサイズのものを取りに裏に回り、これというものを試着した後、丈を合わせたり針で留めてくれたりと、それはそれは甲斐甲斐しく働く。その姿を見ていてなんだか愛しく思えてきたよ。愛しく思う必要はまるっきりないのだが、きちんとした制服を着ているのに、そんなことには頓着なく、床に膝を着いて仕事をしている姿に打たれた。目が充血していた。遊び疲れかも知れないのに、感動するこころはブレーキが掛からず、ああ、なんて甲斐甲斐しく素晴らしいのだ、『はたらく横浜美人』の企画に彼女も入れようと思ったりした。