アウスボイトゥング

 

・短日の瞬きまでも惜しみけり

語学が端から不得意なわたしではありますが、
そうはいっても、
大学では英語のみならず、
第二外国語まで履修しなければならず、
仕方なくドイツ語をとりました。
ほとんど全部忘れましたが、
アウスボイトゥングだけは憶えています。
これ、日本語に訳すと、
搾取。
資本家は労働者を搾取するの搾取。
声に出してみると、
いかにも搾り取る感じがし、
中身は嫌いですが、
語の響きが好きでした。アウスボイトゥング。
絞って絞って絞って搾り取る。
そうすると、
次のイメージはどうなるかというと、
擬態で木に似せ体を細くするあのフクロウ。ヒョ~ッ!
また、
百姓は生かさず殺さずも連想のうち。
というわけで、
資本主義であろうとなかろうと、
権力者は市井の民を、
古今東西
アウスボイトゥングしてきたわけですが、
このごろは、
貧乏人から搾り取るものが無くなり、
アウスボイトゥングも叶わなくなってきたのか、
きれいごとばかり並べても、
どうも最早、
世は搾取でなく
排除に向かっている様子。
この度の震災と福島第一原発事故以後の日本においては
なおさら。
排除されても
生きていかなければいけない民は、
どうしたらいいんでしょうか。

・短日や日向追ひかけ丘の上  野衾

精神と物質

 

・秘め事を暴かれしごと蟹茹だる

高校の修学旅行で京都に行った。
京都を訪ねるのは初めてのことで四十年前ということになる。
清水寺は何日目だったろうか。
改修工事をやっていて、
工事現場の建物に人が立ち入らないように
との意図からか、
巨大なシートが被せてあった。
シートには請け負った建設業者の名前が記されていた。

そのときの印象が忘れられない。
とりあえず、
持参したカメラで写真に収めた。
あのとき感じたことを思い出してみると…。
寺は精神を表し、
深遠また深淵への入口だと思ってい、
利潤追求を旨とする経済行為を担う工務店や株式会社とは
よもや合体できるとは思えず、
それが赤裸々
青空の下で繰り広げられている状況が
拙い十代の眼に新鮮に映った
ということだったのだろう。

このときの印象に近いものを
自分の半生から検索すれば、
インドはヴァラナシ、
マニカルニカ・ガートで目にした遺体の火葬ということになる。
神秘的な雰囲気など微塵も感じらず、
青空の下、
裸よりも裸がごろりごろんと、
裏返った精神が剥き出しのまま焼け焦げていた。
悲しみよりも笑いに近く。
焦げた笑いを持って帰れるものならば
持って帰りたいとさえ思った。
人生は間違っていやしないか。
人生観は人間によって偏向されていやしないか。
強烈な匂いだけが効いていた。

・黄金の銀杏落葉を見上げたり  野衾

蝙蝠 2

 

・香箱をつまみ尽くして箱残る

漱石先生が日向ぼっこしながら、
己の陰嚢の皮をひっぱりひっぱりし蝙蝠みたいじゃないかと、
鈴木三重吉に語った話からの連想ですが、
(こういう話からはなぜか連想が拡がります)
陰嚢の皮だけでなく、
痩せぎすの老人というのは、
体全体が蝙蝠的。
蝙蝠というのは、
肉がない感じでまさに骨皮筋右衛門。
ん~、
例えば、川端康成さんのような。
銭湯に行き脱衣場で服を脱いでいると、
川端さん風の老人が少なくありません。
蟹股の老人が
猿股をようやく足から抜き取り、
よろよろしながら
誰も見ていない前を隠し湯舟に向かう姿は、
大きな蝙蝠が歩いている姿に見えないこともない。
いや、見える!
とくに、
痩せた老人の尻というのは、
人生の荒波に揉まれてか、
大殿筋がすっかりこそげ落ち、
頬がこけたようにこけ、
こけこっこー、
いや、
冗談でなく、
哀れがっちゃぎ。
老婆の垂れ乳と
老爺の垂れ尻ほど
人生の悲哀を感じさせるものはない。
年をとれば人は皆、
蝙蝠になってちょぼちょぼ歩き、
やがて傘のようなる羽を拡げ、
まだ見ぬ世界へと独り旅立って行かねばなりません。
嗚呼。

・海鼠噛む我の歯未だ大丈夫  野衾

蝙蝠

 

・木によらず空から来たる落葉かな

金子光晴の『IL』を読んでいたら、
こんな箇所にぶつかった。
「若い頃、小説家の鈴木三重吉から、その師匠の漱石先生を訪ねたとき、日南の廊下で陽にあたりながら留守番をしてゐた先生が、ちやうどいまの僕のやうな恰好をして、すたれもののやうにからだの一部にしがみついてゐるもののうす皮をゴムのやうにひきのばしてみせながら、『君、蝙蝠《かうもり》のやうぢやないか』と言つて歎じたのが、いたましかつたときいたのを、いままた、おもひだしてゐる。」
「すたれもの」とは何か?
上で引用した文章の前に、
「老人は、帙《ちつ》をひらいて、蟲くつた古書を曝すやうに、痩ずねをひらき、うすぼけたさがりごけ〔「さがりごけ」に圏点が振られている〕のかかつたあたりを光りにあてて、ぶらさがつてゐる蓑虫(蓑蛾にかへることももうあるまい)をあはれんで」
とあるから、
これは陰嚢、いわゆる金玉袋を指すものと思われる。
老人とは金子本人のことであろう。
ちなみに《 》は本文中のルビ、〔 〕内はわたしの記述、( )は本文通り。
さがりごけ【下がり苔】とは、サルオガセの異名だそうです。
なぜこうくどくどと引用したかといえば、
男のアソコを蝙蝠にたとえた漱石先生は、
さすがにエライ!
と思ったからであります。
このごろ銭湯が少なくなりました。
かつてそちこちの銭湯では、
湯に浸かる前や後の洗い場に、
しなびた蝙蝠がぶらんぶらんと行き交っていた。
あれは確かに蝙蝠に似ている。
年取ると、
男子のアソコは、
なんであんなにびろろ~んと伸びるのか。
分からん!
子どものころはちょんびりとした可愛い急須であったのに。
それはともかく。
引用ついでに、
最初に引用した箇所につづけて金子はこう書く。
「つくづく、老人などになるものではないとおもふ。」
げにげに。

・老人は股に蝙蝠ぶら下げり  野衾

いまと方向

 

・凩や風かんむり飛びにけり

西脇順三郎の全詩集から始め、
萩原朔太郎全詩集、金子光晴全詩集。
「全」というのがいい!
だってなにもかにも含め、
それで全部だから。
どれも千ページを優に超し、
大辞林なみの分厚さなれど、
なんだかよく分からぬ詩もあるにはあるが、
ゆっくり読み進むうちに、
詩に佇む「いま」に触れる
瞬間が訪れ、
しばらくは積分するその時間を
共に生きる気がし、
これはこれで、
替えがたくうれしい時間。
一冊の中にギュッと圧縮されていた時間が
ほどけ流れている、
とでもいうのか。
で、
詩人によって、
捉えている「いま」がそれぞれちがっている。
そこに触れることが嬉しいし、
楽しい。
生きる現実にあるのは未来と過去で、
現在は虚構であるけれど、
本の中、
詩の中にこそ「いま」がある。
そんなふうにも感じられ。
詩人というのは不思議な人種だと思います。
昔からほんと、
あまりおカネにならないのに、
いたわけですから。
詩人のイメージといえば…。
水族館で大群の魚が時計回りに泳いでいるのに、
一匹だけ底の砂につんのめったりし
反対方向に泳いでいる、
たとえばあんな類かもしれません。
田村隆一の本に、
たしかそんなことが書いてあったような。
大群と反対に泳ぐ魚がいて
初めて「方向」の存在に気づきます。
皆と反対に泳ぐ魚がいなければ、
そもそも「方向」に気づくことがない。
詩も詩人も面白い。

・凩や耐えて憂きこと忘れをり  野衾

気が置けない友と

 

・灯火のごとき黄葉横須賀線

二、三品の料理と旨い酒をつまみに、
気が置けない友と語る、
これが人生の楽しみでなくて
ほかに何があろう、
ということをしみじみ感じた休日でした。
洋の東西を問わず古来から、
詩人たちはその喜びを詠ってきたわけでしょうが、
年を重ねてようやく
その境涯に近づいたのかも分かりません。
いろいろ、
本当にいろいろ、
いろいろ、
悩み、不安、恐怖、落胆、悲惨等々、
マイナスの単語を上げればキリがありません。
先日、
福島第一原発事故後の福島を描いた
ドキュメンタリー映画を観る機会がありましたが、
『遺言』と題された映画の副題は、
「原発さえなければ」
その言葉は、
壁にチョークでそう書き残して自死した男性
のものであったことが、
映画を観ていると分かります。
今の政治の動きを見ていると、
政界というのは、
政治みたいなことをやってる業界で、
儲かれば
なんでもあり、
というふうにしか見えません。
嘆かわしいかぎりなわけですが、
そうであればあるほど、
「生きるために笑いまっしょ。」
に尽きるのだと思います。

・蒼穹に紅葉かつ散る宴かな  野衾

日焼けした全集

 

・冬の日の公園に充つ音を聴く

わたしのふるさとの駅は井川さくら。
平成七年にできた小さな駅。
帰省するたび、
父と母が車で迎えに来てくれます。
往きはうれしく、
帰りはちょっと寂しい。
駅の待合室は広々としており、
大きな窓からは陽が燦々とふりそそいでいます。
どなたの寄贈か分かりませんが、
本棚に、
『講談社少年少女世界文学全集』がずらりと並んでいます。
箱入りの立派な本は日焼けし、
背のタイトルが白っぽく変色しています。
ここに置かれる前からそうだったかもしれません。
日本編には『古事記』なんかも入っています。
わたしは適当に一冊取り出し、
汽車の来る時刻まで、
読むのではなく、
ぱらぱらページをめくっていました。
それだけ。
弟の長女の結婚式で帰省した折り、
ただそれだけのことだったのに、
あの日焼けした『講談社少年少女世界文学全集』のことが
ふと思い出しては気にかかります。
小公子。小公女。バーネット。
わたしの知らない世界。
予感のような風が吹いてきます。
本を読まずに大人になった今、
ゆっくり、
公園の木々のぬくもりを慈しむように、
戻ることはかなわなくても、
戻ることはかなわないから、
ゆっくり静かに読んでみたいと思うのです。

・雨止んで個性華やぐ落葉かな  野衾