蝙蝠

 

・木によらず空から来たる落葉かな

金子光晴の『IL』を読んでいたら、
こんな箇所にぶつかった。
「若い頃、小説家の鈴木三重吉から、その師匠の漱石先生を訪ねたとき、日南の廊下で陽にあたりながら留守番をしてゐた先生が、ちやうどいまの僕のやうな恰好をして、すたれもののやうにからだの一部にしがみついてゐるもののうす皮をゴムのやうにひきのばしてみせながら、『君、蝙蝠《かうもり》のやうぢやないか』と言つて歎じたのが、いたましかつたときいたのを、いままた、おもひだしてゐる。」
「すたれもの」とは何か?
上で引用した文章の前に、
「老人は、帙《ちつ》をひらいて、蟲くつた古書を曝すやうに、痩ずねをひらき、うすぼけたさがりごけ〔「さがりごけ」に圏点が振られている〕のかかつたあたりを光りにあてて、ぶらさがつてゐる蓑虫(蓑蛾にかへることももうあるまい)をあはれんで」
とあるから、
これは陰嚢、いわゆる金玉袋を指すものと思われる。
老人とは金子本人のことであろう。
ちなみに《 》は本文中のルビ、〔 〕内はわたしの記述、( )は本文通り。
さがりごけ【下がり苔】とは、サルオガセの異名だそうです。
なぜこうくどくどと引用したかといえば、
男のアソコを蝙蝠にたとえた漱石先生は、
さすがにエライ!
と思ったからであります。
このごろ銭湯が少なくなりました。
かつてそちこちの銭湯では、
湯に浸かる前や後の洗い場に、
しなびた蝙蝠がぶらんぶらんと行き交っていた。
あれは確かに蝙蝠に似ている。
年取ると、
男子のアソコは、
なんであんなにびろろ~んと伸びるのか。
分からん!
子どものころはちょんびりとした可愛い急須であったのに。
それはともかく。
引用ついでに、
最初に引用した箇所につづけて金子はこう書く。
「つくづく、老人などになるものではないとおもふ。」
げにげに。

・老人は股に蝙蝠ぶら下げり  野衾