スマ吉くん

 

・時経ても色を弾けり白紫陽花

ほんとうの名前を知りません。
いつでも、どこでも、
トイレでも、
スマホを見ているスマ吉くん。
ぼくが昼の食事を終え会社へ戻ろうとすると、
向こうからスマ吉くん。
これから昼食をとりにいくのでしょうか。
もちろん、
手中のスマホを見遣りながら。
交差点を渡るときも見ているのかしらん?
つい先だって、
マイカフェで昼食を終え、
外へ出ると、
眼の前をスマ吉くんが横切りました。
きっとどこかで食べてきたのでしょう。
ぼくの数歩前を歩いていきます。
ぼくとスマ吉くんは同じビル内で働いているのです。
数歩前行くスマ吉くんは先にビルに入り、
エレベーターのボタンを押し、
箱の中に入りました。
すぐ閉めて上に上るかと思いきや、
ぼくの到着を待ってくれているようなのです。
スマホをずっと見ていたのに、
ぼくが後ろから着ていることをなぜ知っていたのでしょう。
恐るべしスマ吉くん!
ともかく、
小走りでエレベーターの中へ入りました。
すると、
スマ吉くんは、
スマホから目を離さずに、
「何階ですか?」
「あ。はい。三階をお願いします」
スマ吉くんは、
しょちゅうぼくとすれ違っているはずなのに、
スマホばかり見て
人を見ていないせいか、
ぼくがスマ吉くんと同じ階で仕事している
ことを知らないのかもしれません。

・梅雨に入り息吐く時となりにけり  野衾

記念日

 

・とりどりの食べたきほどの濃紫陽花

「明日、結婚記念日なのよ」
「そう。おめでとうございます。何年目?」
「十五年目」
「へ~。どんな感じ?」
「なにが?」
「十五年もいっしょに暮らしていると?」
「空気のようなものね。
向こうもそう思っているはずだし。
去年なんか、忘れていたもの。よかったわ思い出して。
けさ、トイレのカレンダー見ていて思い出したの」
「いっしょに暮らすって大変よねー」
「そう。基本、合わないし。
たとえば、歩くスピード一つとっても合わない」
「分かる分かる」
「どっちかが合わせるしかないのよ」
「そうね」
「あなたなんか背が高いし、
脚が長いから合わないことあるでしょ」
「あるある」
「我慢したり譲歩したりしているうちに、
空気みたいな存在になるのよ」
「そうかもね」
「さてケーキでも買って帰ろかな」
尾道ラーメン店、
隣り合わせたテーブル席での女性二人の会話実況でした。

・雨も好し晴れても好しのこの季節  野衾

整髪青年

 

・梅雨湿り喧騒の日を洗ひけり

朝、桜木町駅のトイレを使うことがよくありますが、
このごろ、
鏡に向かって神経質そうに
髪を整えている青年を見かけます。
右手の指先で
庇のような前髪をそっと撫で、
左手でスプレーをシュッ。シュッ。
口元を少しすぼめ
我が顔に見入り、
シュッ。
アンモニアと
甘い整髪料の匂いのトンネルをくぐり、
わたしはそそくさと用を足し、
掃除しているおばさんがいれば、
「ありがとうございました」
と礼を言い、
トイレから出て行こうとするのですが、
例の青年は
まだ己の髪型が気に入らないのか、
シュッ。シュッ。
おまえ、どんだけの顔なんだ、
きのうはトイレを退出しがてら、
大鏡に映る青年の顔を見てみました。
市川雷蔵に少し似ていました。
市川青年、
駅のトイレに限らず、
どこでもかしこでもシュッシュッ、
やっているのでしょうか。
机竜之介よろしく、
両眼は盲いてもシュッ、
刃の先にはシュッ、
チオビタドリンクのように
おそらく一日一本、
整髪料を消費しているものと思われます。
*
橋本照嵩『石巻かほく』紙上写真展
の十七回目が掲載されました。
コチラです。
*
同時に『新版 北上川』の紹介記事が
同紙に掲載されました。
コチラです。

・梅雨の日の草食む馬の背も濡るる  野衾

グリーンウェーブコンサート

 

・湿りたる空をうつして七変化

神奈川フィルハーモニー管弦楽団のヴァイオリニスト森園ゆりさんと
ピアニスト佐藤裕子さんのコンサートに行ってきました。
会場となった保土ヶ谷のハンズゴルフクラブは、
ゴルフクラブなだけに緑に囲まれ、
初夏のこの季節、
なんともすがすがしい気を発しています。
この春には、
あのタイガーウッズが
プライヴェートジェットに乗って来日し、
選ばれた七十人を相手に
ここでレッスンを行ったのだとか。
それはともかく。
コンサートが始まりました。
夕方四時開始。
外はまだ明るく、
窓際の席だったわたしは、
前方の演奏者と
窓の外に動く人や車や樹木の葉を交互にながめ、
落ち着かない子どものように
はしゃいでおりました。
ら、
前の席のお年寄りの背中に、
ケーキの生クリームが付着しているのを発見!
背中に生クリームは
いかにも変ですが、
このコンサート、
始まる前に食事が用意されているのです。
野外にセットされたコーナーで食する者あり、
そこから好きな食べ物飲み物を
皿に盛って自分の席に持ち帰り食する者あり。
とにかく、
人でごった返していますから、
皿のふちにのせたケーキが背中に触れても、
気がつかなかったものと思われます。
ヴァイオリンとピアノですが、
お二人が楽しんで弾いているのがこちらに伝わり、
いい気分の一時間半でした。

・空の青あぢさゐの青海の青  野衾

全一

 

・太りたる鮎を食して腹太る

「人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える
しかも一瞬早過ぎず、
一瞬遅すぎない時に」
のことばをのこした森信三は、
西洋哲学と東洋哲学を融合する
全一学を提唱した哲学者でもありましたが、
この全一、
全にして一、
一にして全、
分かったような
分からぬような、
でも人生の極意を言い当てているようで、
魅力的な文言でありますが、
今読んでいる手塚富雄の
『ヘルダーリン』にたびたび登場してきて驚きます。
手塚さんが森さんを知っていた
とか、
森さんがヘルダーリンを読んでいた
とか、
そういうことが
あってもなくても、
中身からいって面白いなあと思います。
また、
モデルの山口小夜子が亡くなったとき、
追悼の文章を書いた松岡正剛は、
そのときの心情とかさね
ヘルダーリンに言及しており、
それを印象深く読んだ記憶があります。
さらに、
ハイデガーが「詩人の詩人」とよんだヘルダーリン、
後半生は頭が半分おかしくなって、
以来、
死ぬまで塔の中で暮らしたヘルダーリン、
ヘル、ヘル、
ヘルダーリン、
地獄極楽ヘルダーリン、
だんだんあやしくなってきたけれど、
ちょっとなんだか相当に面白い!

・待ちわびて早登場の甲虫  野衾

足の下から梅雨

 

・五月雨に情けなき世の眠さかな

関東はまだ梅雨に入っていないと思うのですが、
きのうは朝から午後まで
雨が降っていました。
夏は、
白のデッキシューズを履くことが多く、
晴れた日には
快適かつ爽快なものの、
ちょっと雨が降ると、
靴の横から
水が染み入ってきます。
そのことを忘れ、
気づいたときにはすでに遅く、
靴を脱いで足裏を見れば、
靴下が寝小便後のシーツのよう。
ありゃりゃ。
靴下が濡れると、
下から湿り気がだんだん上昇し、
挙句の果ては、
リトマス試験紙を水に浸したごとく、
脳の先端まで湿った気がして、
なんとも気が滅入ります。
なので、
少しでも雨が降った日には、
デッキシューズは履かないことにします。
と、
前にも決意した気がしますが、
その決意を忘れてしまうから厄介。

・さみだるるひそめし恋の遠くなり  野衾

こでらえね

 

・干し鮎の脂のったる酒旨し

秋田の方言「こでらえね」
美味しくてたまらない、
最高に美味しい、
というような意味合いで使います。
どんなお味ですか?
と尋ねられて、
すぐに答えられないほど美味しい、
の、
「答えられない」が転じて
「こでらえね」
になったのかな?
それはともかく。
旨い肴があって旨い酒さえあれば、
これはもう
こでらえね!
友あり話がはずむとなれば、
さらに、はあ、
こでらえねこでらえね。
きょうも一日いい日であったと。

・風干しの鮎アタマまでコデラエネ  野衾