アメリカ

 

・轟音で飛びゆく空の洗濯機

民主主義の国アメリカの最大の矛盾は、
世界の各地で戦争をしてきたことでしょう。
民主主義にとって最高の価値は、
基本的人権の尊重、
人の命を大切にするということですから、
どんなに粉でまぶしても、
人を殺す戦争と
民主主義とは相容れません。
矛と盾。
そういう極めてシンプルかつ
だれでも分かる論理から問題を説き起こし、
予算の内訳や軍の活動などから
占領下の状況をとらえつつ、
対外的なプロパガンダ政策や
報道の実態を包括した本が、
吉本秀子さんの
『米国の沖縄占領と情報政策』です。
著者の吉本さんを、
神奈川新聞文化部の柏尾さんがインタビューし
記事にまとめてくださいました。
コチラです。
グローバルとは何か、
を歴史的に考えるために
ぜひ手にとって読んでほしい本です。
インタビューの最後、
吉本さんは語っています。
「沖縄にまだ『戦後』は来ていないと言われる。
いろいろな意味で沖縄問題には
日本の『戦後70年』が集約されている」

・よく視ればいきもの居たり緑雨かな  野衾

五木ひろし

 

・後悔も先に立たずば夏の雨

わたしの夢には、
いろいろ芸能人も登場しますが、
今回は五木ひろしでした。
わがふるさと井川町の井内町内の外れ、
野外にセットされたテーブルを挟み、
ふたり酒を飲んでいた。
時代は現代なのに、
夢の中の舞台は峠の茶屋のようなたたずまい。
わたしと五木ひろしは、
そんなに親しい仲ではないけれど、
きのうきょう知り合ったという風でもなく、
それなりに近しい間柄のようで、
なのでわたしは、
「五木さんに取って置きのつまみをこしらえて進ぜましょう」
取り出したのは、
ビニールの袋に入った一味唐辛子と
かつおぶしの粉、
それとサラダ油の入った小瓶。
茶店の姐さんに小皿を二つ用意させ、
上記三つを皿にだし、
醤油を垂らしてよく混ぜる。
してそれを五木ひろしの目の前にすすめ、
「さあ、どうぞ」
おもむろに箸でつまんで口中へ運んだ五木ひろし、
「かっ、かっ、かっれええええ!!!」
と、
モノマネ芸人コロッケが真似する五木ひろし
そっくりの顔に変貌。
わたしはそれを見、
腹を抱えて笑い転げた。
わたしに笑われていることなど頓着なく、
ただただ辛かったのだろう、
五木ひろしは、
側に置いた鞄も打ち忘れ、
スーツにネクタイ姿のまま、
靴底から煙を立てて山のほうへ走っていった。

・飽き足らぬ烏声して夏の雨  野衾

ニンニク爺

 

・この川は俺の川だと青大将

仕事の帰り、
本町小学校の横を歩いていたときのこと、
赤銅色の顔をテカテカさせながら、
ニッカボッカを穿いた
頑健そうな老人とすれちがう。
瞬間、
強烈なニンニクの臭いが
ぷわわ~~ん!!
ぷわわ~~ん!!
もうひとつ。
ぷわわ~~ん!!
ニンニクそのものの臭いなら
まだ許せる。
ニッカボッカを穿いた頑健そうな老人は、
仕事を終え、
おそらくビールか焼酎か菊水ふなぐちでも飲みながら
大量のニンニクを食ったのだろう、
アルコールとニンニクと老人の肉体が有機的に化合され、
えもいわれぬ、
この世のものとも思われない
悪臭を発生させた、
ものと思われる。
わたしはもともと匂い臭いに敏感なのだ。
あまりの悪臭に、
わたくし、
しばしその場にうずくまる。
うっうっうっ、
と、
うずくまりながら顔を上げると、
ニンニク爺は
何事もなかったかのごとく
(ニンニク爺にしてみれば、何事もなかったわけだが…)
振り向きもせず、
階段をゆっくり上っていった。
*
橋本照嵩『石巻かほく』紙上写真展
の十六回目が掲載されました。
コチラです。

・出勤時蛇と戯れ遅刻せり  野衾

老人意識

 

・煙り立つ焼き玉葱の香りかな

齢のせいにしたくはありませんが、
やっぱり齢のせいなのでしょう。
仕事でもプライベートでも、
なにかにミスが多くなり、
自分でしたことなのに、
しょうがないなぁ
と情けなくなったり、
憤ったり。
それと。
このごろ手と足がよくすべる。
指紋が薄れ、
皮が硬くなっているのかもしれません。
行動をすべてゆっくり目にし、
怪我を惹起せぬよう
注意はしているものの、
思わぬところに危険は潜んでいて
ハッとすることも少なくありません。
夜中、小用に立ち、
寝ぼけまなこで戻ってきて布団に横になろうとしたとき、
足がすべって体ごとドッと倒れヒヤッとした。
倒れる瞬間、
右手をサッとつき体を支え、
大事には至らなかったものの、
手のつき方を誤っていれば、
骨折した可能性もあり、
闇の中で
ジッと天井を眺めておりました。

・針山の如き中より仙人掌の花  野衾

ぷらぷらと

 

・老人も児らも緑の眩しかり

自宅から会社まで、
会社から自宅まで、
電車の乗り換えもありますが、
ドアツードアで四十分あれば確実に着きます。
が、
このごろは、
往きも帰りも、
一時間ほどかかっています。
ぷらぷら歩いてケータイで写真を撮り、
ぷらぷら歩いてケータイで写真を撮りして
撮った写真を、
この日記の下に載せているわけです。
ゆっくり歩くと
毎日の道なのに、
いろいろ変化に富んでいて、
目を楽しませてくれます。
わたしは花の名前にとんと疎いのですが、
匂いと臭いに割りと敏感で、
ふわっと匂ったり、
おえっと臭ったりしてくると、
きょろきょろ見回し、
ああこれかあと立ち止まります。
下の写真はちがいますが、
ジャスミンなるものも、
匂いが先に来、
へ~、この白い花か
と鼻を近づけてみたり。

・仙人掌の花旭日に匂ひけり  野衾

詩は短い

 

・耳にショパン五月の花が咲いている

源氏物語とか失われた時を求めてとか、
とにかく長いものを時間かけ、
どっぷりと
その世界に浸って読むのが好きでしたし、
今も、
嫌いではないのですが、
だんだんと
長いものを読むのがつらくなってきました。
そこへいくと、
詩はなんといっても短い。
長詩たって、
高が知れています。
短いのに味が濃い。
さらっと薄味で印象深いのもあり。
それと、
短くても、
詩には発見があって、
それがあったから
詩ができたのかもしれませんが、
読むほうも、
それにふれてなんだか楽しくなります。
耳が貝殻に似ていたり、
蟻が運ぶ蝶の羽がヨットに似ていたり
することを見つけたことが
詩作を駆動させたのでしょう。
*
今月三日に亡くなられた詩人の長田弘さん
を追悼する拙文が神奈川新聞に掲載されました。
コチラです。

・日を継いで緑かわ脱ぐ光かな  野衾

ミズタタキ

 

・真昼より友と酒飲む五月かな

秋田の山菜料理ミズタタキが食べたいと思って、
この日記の過去ログを検索したら、
ありました。
二〇〇九年六月三〇日と
二〇一一年六月二八日。
そうか。
六月であったか。
ひとつきズレていました。
ミズタタキのミズは、
ほんとうはウワバミソウ。
大蛇が居そうなところに生えている
ことからの命名だそう。
それなら、
なぜミズかといえば、
水辺や湿地に自生することが多く、
水にちなんでミズ。
あまりに直接的な名付けではあります。
山椒を利かしたミズタタキ、
想像するだにヨダレがでてきます。
あの味、
ああ、こでらえね!
*
橋本照嵩『石巻かほく』紙上写真展
の十五回目が掲載されました。
コチラです。

・五月詠む集いし友の句会かな  野衾