過客

 

・蜻蛉(とんぼう)の来て留まりて去りにけり

 

家人の母は旅行が趣味。
国内、海外を問わない。
今回は、
青春18きっぷをつかって
秋田・青森の温泉を巡ってきた。
昨夜は横浜の拙宅泊まり。
旅のエピソードに耳を傾けていると、
まずそのフットワークの軽さと行動力に驚く。
そして、
土地土地のひとに自然に語りかけ、
会話を楽しみ
しなやかに旅を楽しんでいる
ことがよく分かる。
このごろ俳句をものしており、
俳句歴は浅いが、
俳号は過客。

 

・おなもみとめなもみたずぬふるさとの  野衾

 

付き添い

 

・トンネルを抜けて息吐く秋の風

 

病院の待合のベンチに
老夫婦が座っておしゃべりをしていました。
ふたりとも年相応に耳が遠いらしく、
なかなかの大声です。
わたしはひっそり
文庫本を読んでいたのですが、
リルケの言葉より
どうしても
老夫婦の言葉が耳に飛び込んできます。
旦那の不具合に
奥さんが付き添ってきているのでした。
やがて、
看護師に指示され、
杖を頼りに
男性が立ち上がり、
まっすぐ廊下を歩き始めます。
奥さん、
すぐに立ち上がれず、
ゆっくりゆっくり
立ち上がり、
手荷物を確認してから
杖を床に突き突き
ようやく
歩き始めました。
首を小刻みに震わせながら
「待って、よ。すぐに、上手に、歩けない、の」
「……」
「待ってよ、って、いってる、でしょ。すぐに、上手に、歩けない、の」

 

・病院の窓や無言の秋の海  野衾

 

ピピ

 

・アンテナに端然秋の烏かな

 

かつての村を訪ねたとき
ニワトリのようで ニワトリでない
ダチョウのようで ダチョウでない
カイチョウ 怪鳥
そう 怪鳥
ゆっさゆっさ現れ
伸びあがって ぶるぶる
体をふるわせ
たかと思い
き
や
どすん
で
また どすん
雪だるまほどもある
皮袋に入った糞をふたつ
ひった
そばにいた飼い主
老婆が 転がる糞に 足取られ
転がった
近所の百姓がそれを見て
ああ
ピピがうれしくて糞ひった
ピピがうれしくて糞ひった
転がった老婆もうれし
くて笑っ
た

 

・動くものみな停まつて見ゆる秋の海  野衾

 

水中トイレ

 

・秋の蚊を避(よ)けて厠の狭きかな

 

用を足したくなりトイレに向かうや
ずらり行列ができていて
どこのトイレも
地上では
似たり寄ったり
腕時計を見れば
すでに二分経っていて
ならばと
水中トイレに。
深い碧の水を湛え
二メートルほど潜った先が
洞窟になっており
そこをうまくあしらって室ができている
息を殺して一気に潜る
しかし
こちらもどこもいっぱいで
切なる授業はもうすぐ
始まってしまう

 

・稲妻や密(みそか)の事を暴きゆく  野衾

 

蟬終る

 

・秋の風過客の心疼きけり

 

本町小学校の近くでは、
アブラゼミの声が全く無くなりました。
六日はしていたのに、
七日はなし。
夜立ち止まると
今度は虫の声が聞こえてきます。
暦は一年を区切りますが、
変化の激しさは七十二候でも追いつきません。
鉦叩。

 

・少年の漠たる夢や鰯雲  野衾

 

蟬

 

・戯れて弟と来し花野かな

 

九月に入りまして、
夕刻ともなると、
虫の声があちこちから聞こえてきます。
が、
日差しの強い昼、
本町小学校のあたりでは、
アブラゼミでしょうか、
ものすごい力で鳴いています。
ほんとうに
最後の最後だと思いますけれど、
だんだん萎むようにというのでなしに、
その大音量に驚きます。
おなじ生き物でも、
目を閉じて
すーっと魂が消えてなくなると思えるいのちもあれば、
同じトーンで生きて
ぶちっと終るいのちもあって、
なんとも不思議。
でも、
待てよ。
ひょっとしたら、
いよいよのときは
蟬も声がちいさくなるのだろうか、
心してちゃんと聞く必要がありますが、
六十年生きていまだに
そういう場に立ち会ったことはありません。

 

・花野にてすることもなし帰りけり  野衾

 

着るもの

 

・鬼灯や坂の上までだれか来い

 

九月に入りました。
さすがに涼しくなったものの、
日中は三十度近くに
気温が上昇することもしばしば。
こうなると、
困るのが着るもの。
一日の最高気温と最低気温をインターネットで確認し、
自分の体調とも合わせて
選ぶことになりますが、
この時期
どう考えても
終日同じ格好でいることは無理。
一日の始まりは少し厚着で
昼は薄め、
夕方になったらまた羽織る、
みたいなことしかないようです。

 

・鬼灯に染められ出勤赤くなり  野衾