・トンネルを抜けて息吐く秋の風
病院の待合のベンチに
老夫婦が座っておしゃべりをしていました。
ふたりとも年相応に耳が遠いらしく、
なかなかの大声です。
わたしはひっそり
文庫本を読んでいたのですが、
リルケの言葉より
どうしても
老夫婦の言葉が耳に飛び込んできます。
旦那の不具合に
奥さんが付き添ってきているのでした。
やがて、
看護師に指示され、
杖を頼りに
男性が立ち上がり、
まっすぐ廊下を歩き始めます。
奥さん、
すぐに立ち上がれず、
ゆっくりゆっくり
立ち上がり、
手荷物を確認してから
杖を床に突き突き
ようやく
歩き始めました。
首を小刻みに震わせながら
「待って、よ。すぐに、上手に、歩けない、の」
「……」
「待ってよ、って、いってる、でしょ。すぐに、上手に、歩けない、の」
・病院の窓や無言の秋の海 野衾
・戯れて弟と来し花野かな
九月に入りまして、
夕刻ともなると、
虫の声があちこちから聞こえてきます。
が、
日差しの強い昼、
本町小学校のあたりでは、
アブラゼミでしょうか、
ものすごい力で鳴いています。
ほんとうに
最後の最後だと思いますけれど、
だんだん萎むようにというのでなしに、
その大音量に驚きます。
おなじ生き物でも、
目を閉じて
すーっと魂が消えてなくなると思えるいのちもあれば、
同じトーンで生きて
ぶちっと終るいのちもあって、
なんとも不思議。
でも、
待てよ。
ひょっとしたら、
いよいよのときは
蟬も声がちいさくなるのだろうか、
心してちゃんと聞く必要がありますが、
六十年生きていまだに
そういう場に立ち会ったことはありません。
・花野にてすることもなし帰りけり 野衾







