『寅さんとイエス』という本がありますが、きょうは「ゲーテさんと寅さん」。
森鷗外さんも愛読していたという『ゲーテ その生涯と作品』
を、毎日ちょんびりちょんびり読んでいて、
へ~、とか、は~、とか、え! そうなの!? とかとか。
知っているはずの人の、知らなかったエピソードを読むのも、
伝記を読むたのしみの一つ。
荘重に、しかもいたずらっぽく、老詩人はこの話の続きをこう書いている。
「わたしの不思議な生涯の経歴の途中で、
婚約者の気分を味わえたのは、
わたしたちを高いところで統べておられる方の奇妙な裁定であった。」
しかしこのように述べるとき、
ゲーテの念頭にあった快適な心地よい満足感は、
驚くほど急速に彼の心から消えていったのである。
婚約指輪に拘束されたとたん、
彼はもうそれをふたたびやすりで切断したいと思う。
フリーデリーケのときと同じ企みが繰返される。
ただ、
危険が大きければ、戦いもそれだけ熾烈《しれつ》だった。
婚約の二、三週間前、
ゲーテは『シュテラ』のなかで、フェルナンドの仮面をつけてこう叫んでいた。
「鎖につながれるとしたら、
おれもとんだ愚か者だよ。こういう状態はおれの力という力を全部窒息させてしまう。
こういう状態は魂の勇気を全部おれから奪ってしまう。
おれを袋小路に追い詰める。
おれは絶対に自由な世界へ逃げてみせる。」
彼のあらしのような自由への衝動が、
彼の人生の船を捕え、たった今近づいたばかりの家庭的幸福という港から、
ふたたび広大な外界へほうり出してしまうのである
(一七七五年五初旬のヘルダーあて書簡参照)。
「おれは絶対に自由な世界へ逃げてみせる。」
これは婚約後ゲーテがいだいた最初の明確な、揺るぎない考えだった。
(アルベルト・ビルショフスキ[著]高橋義孝・佐藤正樹[訳]『ゲーテ その生涯と作品』
岩波書店、1996年、p.253)
ここで言われている婚約者の名前はリリー。
『男はつらいよ』で浅丘ルリ子さん演じるマドンナの名前がリリー。
たまたまといえば、たまたまんでしょうけど、
ちょっと気になります。
『男はつらいよ』のなかで、
寅さんとリリーさんをいっしょにさせよう、
そうなればうれしいな、という流れの段があります。
さくらからそのことを告げられたリリーさん、まんざらでもない様子で肯う。
寅さんが帰宅して、
その話題をさくらが口にすると、
「え!? 冗談なんだろ、そうなんだろ。な、リリー」
なんてことを寅さんが言う。
それをうけてリリーさん、
「冗談さ。冗談に決まってんだろ」。
そのときの間とセリフの絶妙さは、何度見ても感動します。
寅さんの已むに已まれぬ衝動が、
「たった今近づいたばかりの家庭的幸福という港から、ふたたび広大な外界へほうり出してしまう」
のだ。
というわけで、
なんだかゲーテさんと寅さんが重なって見えてくる。
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明日(8/10)から8月15日まで、弊社は夏季休業。
16日から通常営業となります。
よろしくお願い申し上げます。
・朝涼やまずゴミネットの組み立て 野衾